愛より深く奥底へ 〜救国の死神将軍は滅亡の王女を執愛する〜
 この機会を逃せば、一生、彼女に触れることはない。
 そうして、彼女にまた忘れ去られるのだ。
 死を前にした欲望は、たやすく彼の理性を吹き飛ばした。
 覚えていないのなら、忘れられないようにしてやる。
 ただ一度のそれであっても。刻み付け、愛よりも深く、彼女の奥底まで。
「俺を憎め」
 彼はそう言って一歩を進めた。
 エルシェは逃げることを忘れたように彼を見た。
「忘れられるくらいなら、憎まれた方がいい」
 彼は皮肉な笑みを浮かべ、エルシェを固いベッドに組み敷いた。
「お前を奪った男はヒルデブラントだ。忘れるな」
 エルシェは抵抗らしい抵抗をしなかった。
 なにをされているのか、わかっているのか、いないのか。
 ヒルデブラントは愛の赴くままに彼女を抱いた。
 ……いや、愛の名を冠するのは卑怯というものか。
 劣情に負け、彼はほころび始めたばかりの蕾を強引に手折った。その内実を本人に伝えるのはさすがに抵抗があった。
 自身が愛される可能性など微塵も考えてはいなかった。
 自分は憎まれるのだと、憎悪と共に名を胸に刻まれるのだと思っていた。
 なのに、彼女はそれを愛の行為だと言った。
 その言葉に思わず縋ろうとした。
 愛であると、そう叫びたかった。
 だが、それが許されるとは思えない。
 彼女が(こいねが)った父からの愛。
 彼が殺した今、それはもう永遠に手に入らないのだ。
 ならば、体をほしいままにした卑劣な男、そう思われたほうが彼女の一生に名を刻んでもらえる。
 当時、彼の無体に気付いていただろうゼンナは彼を咎めることはなかった。
 戦地に届いた一度きりの手紙には「あの方はお健やかにお過ごしでおられます」と書かれていて、それで彼女の無事を――妊娠していないことを確認できた。
「ヒルデブラント様は、私の知らないところで助けてくださっていたのですね」
ヒルデブラントは我に返った。
「あなたがおられなければ、私は敗戦を招く者として処刑されていたのですから」
 エルシェの言葉を反芻し、数瞬遅れて酷薄に笑う。
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