愛より深く奥底へ 〜救国の死神将軍は滅亡の王女を執愛する〜
「助けだと、そうおっしゃるか」
「偽悪的におふるまいになってもわかります」
 エルシェは彼をまっすぐに見つめる。ヒルデブラントは首を振った。
「この手は血にまみれております。戦場で多くの敵を屠りました。彼らもまた人間。自国に戻れば良き夫、良き息子、良き恋人であっただろう人たちです」
 後悔はしていない。ヒルデブラントにはエルシェこそが光。比べてしまえば命の重さは天と地ほども違う。
「あなたに咎があるのならば、それは私の咎でありましょう」
 エルシェの言葉に、ヒルデブラントは息を呑んだ。
「あなたが生還なされたこと、うれしく思います」
 ヒルデブラントはエルシェから目を背けた。
 まっすぐな瞳に、彼は耐えられなかった。

***

 戦場に出たヒルデブラントは、将軍の指揮下で隊長として働いた。
 その懐には、エルシェにもらった薔薇のしおりを入れたケースを忍ばせていた。
 戦功をあげて将軍の信頼を得て、次々と死ぬ上官になりかわり異例の出世を成し遂げた。
 ランストン王国から死の使いが現れた。
 金銀妖目を怖れた敵国の兵はそう囁きあった。
 将軍すらも命を落とした戦いで、彼は臨時の指揮官となった。
 その際の功を認められ、二十七歳にして正式に将軍に任ぜられた。
 軍を動かし、ティスタール共和国を追い詰めていく。
 誰からともなく、ヒルデブラントを救国の英雄と讃え、ほめそやした。
 敵からは死神将軍と呼ばれ、ランストン王国内にも広まった。結果、味方からは救国の死神将軍と呼ばれるようになった。
 ヒルデブラントは畏怖とともに名を馳せた。
 このままティスタールを攻め滅ぼせるのではないのか。
 その機運が高まったおり、彼は誰もが予想しなかった行動に出た。
 ティスタール共和国との休戦だ。
 休戦とはいえ、実質の勝敗を決したようなものだった。
 兵たちは喜んだ。
 誰もが戦いに飽いていた。
 愛する家族に、恋人に、友人に。
 再会できる喜びに浮き立ち、ヒルデブラントをいっそう讃える結果となった。
 だが、独断で行われたそれは国王の裁可を得ていなかった。
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