愛より深く奥底へ 〜救国の死神将軍は滅亡の王女を執愛する〜

「なぜ」
「利用価値を吊り上げるのよ。あれでも王女だもの、欲しがる男はほかにもいるわ」
 ヒルデブラントの顔から血の気が引いた。
 彼女を救いたい一心だった。
 だが自分が急いたせいで、むしろエルシェの利用価値をハリクスに教えてしまったのだ。
「陛下に媚びてあんな娘を手に入れたところで、なにがあるの。それよりも」
 マデリエはヒルデブラントの手をとった。彼の指を弄び、官能を呼び起こそうとする。
「騎士は貴婦人に献身的に身を捧げるもの。そうでしょう?」
 ヒルデブラントの目が、嫌悪と軽蔑に細まった。
「君主を裏切ることなどできません」
「私に恥をかかせるの?」
「夫への裏切りは恥ずべきことではないと?」
 怒りを含んだ苛烈な視線に、マデリエは怯んだ。
「わ、私に逆らうとどうなるか、わかっているのでしょうね!」
「逆らうなど、とんでもございません」
「だったら」
「私は不能なのですよ」
 ヒルデブラントは平然と言う。
「嘘よ」
 マデリエは淫靡な笑みを浮かべて彼の股間に手を伸ばした。指がしなやかに動き、彼の欲を煽る。
 だが、彼女がどれほど淫らに刺激しようと、彼はまったく反応を示さなかった。
 彼にとって、エルシェ以外は女ではないのだ。
 マデリエは顔色を変えた。
 屈辱が彼女に浮かび、無表情のヒルデブラントを睨みすえる。
 ヒルデブラントは跪いた。
「おわかりいただけましたか。下賤な私が高貴なるあなたに触れるなど恐れ多い。どうかおひきとりを」
 言葉こそ丁寧だが、断固とした拒否が含まれた声音だった。
「後悔するわよ」
 履き捨てて、彼女はマントをつかんで出て行く。
 ヒルデブラントは大きくため息をついた。
 再出征までに新たな手を打つ必要が出て来た。
 マデリエの捨て台詞が気になったが、ヒルデブラントはひとまずの眠りについた。
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