愛より深く奥底へ 〜救国の死神将軍は滅亡の王女を執愛する〜
「男の前でそのような格好をしてはなりません。どのような目に遭うかわかりませんよ」
「あ、あなたをひきとめられるのでしたら」
 顔を真っ赤にしてエルシェはうつむく。男性をひきとめる手段として物語で読んだことがあった。だが、実行するにはかなりの勇気が必要だった。
 ヒルデブラントは大きく息をついた。
「いつかのような目に遭いたいのですか」
「その覚悟で参りました」
 エルシェの声は震え、体も震えている。
「わ、私はもう乙女ではなく、あなたに、お、女に……」
 エルシェは赤い顔をさらに赤らめた。
「無理して不慣れな言葉をお使いになられますな。誰がどう言おうと、あなたは高潔な乙女であられます」
 エルシェは窺うように彼を見た。
「どうしても出て行かれるなら、私もお連れください」
 ヒルデブラントは驚きとともに振り返った。
「できかねます。あなたは正当な後継者であらせられます。レギーが今、手続きを行っているところです」
「出て行ったら私も城を出ます」
「殿下は外の世界で生きることはできますまい」
「だったら、ここにいて」
 どうどう巡りを繰り返す会話に、ヒルデブラントはまた息をついた。
「置いて行かれるならば、出会わなければ良かった」
 エルシェは焦れたように呟き、大きな窓を開けてバルコニーに出た。
「あなたが出て行くなら、ここから飛び降ります」
 ヒルデブラントは唖然とした。
「あなたは私を救ってくれるのでしょう? また救ってください。一生を()して」
 エルシェの言葉に、ヒルデブラントは答えられずに彼女を見つめた。
「私のために命を使うと決めて下さったのでしょう? ならばここに、一生、私のそばにいて」
「そのようなこと」
「あなたが出て行ったら、すぐにあなたのことを忘れます! 忘れられたくないのでしょう?」
 エルシェの声に涙が混じった。
「お願い、きちんと簒奪(さんだつ)して」
 頑是(がんぜ)ない子供のように、エルシェは言い募る。
< 40 / 41 >

この作品をシェア

pagetop