イルカの見る夢
東の姿は見えない。
いつの間にか、この真っ暗な部屋では、真凛とイルカだけが取り残されていた。
朦朧とした意識の中で、彼女はその声が発せされる水槽の前まで歩いていくと、ふとイルカの高い声が止んだ。
「ルビー……!」
海よりも深い、つぶらな瞳はまっすぐ真凛を見つめる。滑らかなボディはハンドウイルカ特有の青みがかった灰色はしているものの、発光しているかのような白が美しい。間違いなく、自分よりも愛していた〝ルビー〟がそこにいる。
幻想を見ているのだろうか。ルビーはもうこの世には存在していないはずなのに。
「つぅっ……!」
真凛の頭痛は激しさを増してゆき、立っていられずその場に崩れ落ちる。
彼女の意志と関係なく、脳の中でビデオテープが再生されてゆく。
真凛の頭と心が追いつけないものすごい速さで、抜け落ちていたはずの彼女とルビーの思い出が勝手に輪郭を作っていった。
「いやっ、思い出したくない……私は……私は……!」
(私は……あのとき、怖くて怖くて……)
真凛は、一連の記憶をすべて取り戻し、強制的に意識を閉じられた。
深い深い闇の中、彼女は斗李との〝本当の関係〟を思い出す。
斗李は偶然あの場所に居合わせたのではない。また、居合わせただけだった。
(あ、またあの人……)
彼女がドルフィントレーナーとなり、ルビーとタッグを組んでまもなくの頃。
斗李は突然、ふたりの前に姿を現した。
イルカショーの会場の片隅で、いつもこちらを見つめる彼。初めはただの来場客だと思っていたが、のちに館長の紹介で彼がアクアリウムの建設を請け負う、電子機器の社長だと知った。
「初めまして、私櫻場と申します。どうぞ、お見知りおきを」
「初めまして。矢代真凛です。この子たちのトレーナーをしています」