イルカの見る夢
 初めこそ、その優しい眼差しや落ち着いた佇まいに真凛は魅せられた。
 素敵だな、と純粋に思った。美麗な姿だけでなく、社会的な地位までも手に入れる斗李のことが。

 だた、それ以上の感情を持つことは決してなかった。
 彼女には当時、付き合っていた男性――ドルフィントレーナーの同僚、長谷がいたのだ。
 そう。真凛の記憶から抜け落ちた二年間は、ルビーと〝長谷〟とともにあった。
 元々長谷は彼女の上司であり、ショーを魅せる技術からイルカとの関わり合いまですべてを教えた。
 真凛にとって頼もしい存在としていつも傍で支え、自然に将来を約束し合うような仲だった。

 けれど、斗李はやがて真凛にアプローチを始める。
 彼女が何度も長谷の存在を訴え、断っていても彼は彼女の前に現れた。
 ルビーはすでに真凛と一心同体で、彼女を守るように斗李を威嚇した。
 この状況に困り果てた真凛は、長谷に相談し、ついに直接対決が行われた。

 『あなたが真凛を好いているのは分かるんですが、彼女と僕は結婚前提で交際しているんです。これ以上しつこいようだと、館長だけじゃなくて警察にも行きますよ』

 『――――ああ、諦めが悪くて申し訳ない。あまりにも矢代さんが素敵で。もう金輪際、君たちの邪魔はしないよ』

 『約束してください。ここに、サインをお願いします』

 長谷は、こうなることを見越して斗李に念書まで書かせ、事はすべて収まったかのように思えた――。
 しばらくは斗李も真凛に接触することはなく、再び平穏な日々が戻ったが、突然、長谷が姿を消し自体は一転する。

 【もう真凛とは一緒にいられない。ごめん】

 『どうして……』

 たった一通のメッセージで、ふたりの関係はあっけなく終わった。
 長谷は頑なに理由を告げず、真凛の前から姿を消した。
 彼女は将来を真剣に考えていた相手から拒絶され、不幸のどん底に落ちた。食べ物がのどを通らないほど、疲弊した。
 うっすらと、斗李の存在が頭をよぎる。真凛は彼の影が、自分の体にまとわりついている気がしてならなかった。

 『ルビー、私、もう頑張れないかもしれない』

 『ピィー……』
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