エリート弁護士の執着愛
「いただきま~す」

 クラムチャウダーをスプーンですくって一口含むと、母の作る懐かしい味がした。レシピが同じなら誰が作っても味も同じになると思うのに、どうしてかいつも自分で作るものと味が違うように感じる。実家で食べるご飯はとてもほっとするものだ。

「ところで、今日はなにか報告があるって言ってなかった?」
「あ、うん」

 奥野家についての話題ですっかり頭の隅に追いやられていたが、今日は優一さんとの交際について話をするつもりだった。

「お父さんの事務所で働いてた、久能さん、覚えてる?」
「久能くん? もちろんだよ。育実は会ったことあったか?」

 父が不思議そうに私に聞いた。
 それはそうだろう。優一さんと会ったのは、大学卒業間近、それも束の間の時間だ。父は私に忘れ物を持ってきてと頼んだことすら忘れているかもしれない。

「昔、私がダイエットを決意した頃かな。お父さんの事務所に一度だけ行ったの覚えてる? あのとき会ったんだけど。この間、偶然ね……」

 私は、優一さんと偶然バーで再会したと伝えた。太一に〝ブタ実〟呼ばわりされて飲んでくだを巻いていたことも、そのあと優一さんとホテルに行った話も内緒だ。

「へぇ、二人がねぇ。そうかそうか。相手が久能くんなら反対する理由はないよ。まだ結婚という話ではないんだろう?」

 お父さんは感慨深げに、それでいて複雑そうな顔をしてそう言った。

「うん、もちろん。まだ付き合ったばかりだし。優一さんは私と一緒に挨拶に来たいって言ってくれたんだけど、まずは私だけで報告させてほしいって頼んだの」
「あぁ、だから彼は来なかったのか。育実、今度連れておいで。お父さんも久しぶりに話をしたいし」
「お母さんも会いたいわ」
「それはいいけど。二人とも、優一さんに変なこと言わないでね」
「変なことなんて言うわけないだろう。育実がいかに可愛いかを熱弁するだけさ」
「それが変なことなの! お父さんってば!」

 食事を終えて帰る準備をしていると、スマートフォンにメッセージが入った。連絡は優一さんからで、今日は実家に泊まるのかと尋ねる内容だ。

「あらあら、嬉しそうね。久能さんから?」

 母に指摘されて、私の顔が一気に紅潮する。

「うん、お母さん、私そろそろ行くね」
「じゃあこれ、明日にでも彼と食べて」
「い、忙しいよ、きっと……っ」

 そんな風に言われたら、会いに行く理由ができてしまうではないか。
 父が呼んでくれたタクシーに乗り込むと、私は優一さんに「今から帰ります」と連絡を入れた。するとメッセージはすぐに既読になる。

 もう二十時過ぎだ。優一さんは食事を終えているだろう。
 けれど、料理が余ったから明日にでも食べてほしいと伝えたら、顔だけでも見られるかもしれない。料理だけ渡してすぐに帰ればいい。
 私が、料理を持っていきたいとメッセージに入力していると、それより早く彼からの受信があった。

『そのまま俺の家においで』

 メッセージを読んでいると、心がじわじわと喜びに溢れてきて、緩む口元が抑えられなくなってしまう。
 タクシーの運転手さんに変に思われないように手のひらで口を塞いで、外を見ている振りをしながら手早く返事を入力した。
 メッセージに書かれた住所を運転手さんに伝えて、行き先を変更してもらう。私がマンションに着くと、マンションのエントランスロビーで優一さんが待っていた。

「こんばんは。遅くにすみません」
「誘ったのは俺だろう。疲れてないか?」
「まったく。あ、優一さん、ご飯食べました?」
「いや、まだ。美味しそうな匂いがするなと思ってたんだ」

 優一さんに頭を軽く撫でられ、私は目を細めた。
 朝まで一緒にいたし抱かれもしたのに、優一さんの顔を見るだけで好きな気持ちが次々と溢れてくる。これではまるで、初恋をしたばかりの中学生のようだ。

 私は食べ物でもなんでも、好きなものにひたすら執着してしまう。太一への感情もそうだと今さら気づいた。
 恋慕が怒りに変わっただけで、優一さんに会うまでは彼への執着心はまったく失せていなかったのがいい証拠。
 そんな自分が少し怖く、嫌われやしないかと不安になる。優一さんを煩わせたくないのに、わがままを言ってしまいそうな自分がいやだ。

(優一さんには、嫌われたくない……)

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