エリート弁護士の執着愛
「どうかしたか?」

 優一さんの指先が頬を掠めた。そんな少しの触れあいだけで、私の心は浮き立つ。私は咄嗟に彼の手に自分の手を重ねて、頬を擦り寄せる。
 彼は驚いたような顔をしていたが、なにも言わずされるがままになっていた。

「すみません……」

 エレベーターが到着したと同時に手を離すと、離した手を捕まえられた。指を絡めるように握られ、そのまま歩く。

「どうして謝る? 恋人なんだから、育実には俺に触る権利がある。その逆もな」

 カードキーで鍵が開けられて、中に入り、玄関のドアが閉まった瞬間に抱き締められた。

「優一さん?」
「育実と同じ。俺も離れがたかったんだよ。君と付きあえたことに、相当浮かれてる」

 彼は苦笑しながら、私の身体をそっと離す。
 そして額や頬、最後に唇と順番に口づけた。

「優一さんが、浮かれてる?」
「意外か?」

 私が素直に頷くと、優一さんは決まりが悪そうに頬をかく。

「君のお父上から、よく話を聞いていたと言ったよな?」
「そういえば……」

 私たちがあのバーで出会ったのは偶然ではなかった。バーもレストランも、私の好きなブランドも食べ物も、すべてお父さんが優一さんに教えたらしい。
 優一さんにとって父は恩師だと言う。もしかしたらお父さんの娘自慢に付き合わされていたのかもしれない。

「アメリカの支社にいた頃は、仕事についていくことに必死で、恋人なんて作る余裕はなかった。そんな俺の唯一の慰めが、仙崎さんから聞く育実の話だったんだ」
「すみません……父が」
「謝るなよ。俺は嬉しかったんだから」
「嬉しかったんですか? 私の話が?」

 私が聞くと、優一さんは頷きながら懐かしそうに目を細めた。

「仙崎さんの勧めで『K&Sヴェリタス法律事務所』に入ったんだ。面倒見のいい人だから、アメリカに渡った俺を心配してくれていたんだろう。週に一度は近況報告を尋ねる連絡があった」
「お父さん、マメなんですよね」
「あぁ。俺も日本語に飢えていたのもあって、当時はだいぶ愚痴を聞いてもらっていた。話の終わりには決まって、仙崎さんの奥さんと娘自慢が始まるんだ。事務所で働いていたスタッフは耳タコだからな」
「うそでしょう……お父さんってば」
「君が学生の頃はパソコンのデスクトップ画像が毎日変わっていたくらいだ。君が社会人になって頻度は減ったが、一ヶ月に一度は写真が送られてきて、育実の話を聞いてたんだよ。どんどん綺麗になっていく育実を見て、悪い男に騙されやしないかと少し焦ったな」
「だから、初めて会った気がしない……だったんですね」
「あぁ……おそらく、俺はずっと仙崎さんから送られてくる君の写真に恋をしていたんだ。あのバーで君と話して、自分の気持ちを確信した。そりゃ、浮かれもするだろう」

 優一さんの言葉に、私は何度も何度も救われている。

「私だけが、好きなのかと思ってました。私……重いんです。なんでも、一度好きになるとなかなか諦められないし」
「そんなのとっくに知ってるよ。言ったはずだろう。君はチョロくないと」

 それみたことか、そんな得意気な顔で笑われて、私まで笑ってしまう。玄関先で何度もキスを落とされて、うっとりと目を細めると、気まずげに咳払いをされる。

「そろそろ中に入るか」
「ふふ、そうですね。ご飯の用意します」
「育実はもう食べたんだよな?」
「はい……だから温かいうちに……って、優一さん……っ」

 気づくと私はソファーに押し倒されていた。手に持っていた紙袋をテーブルに置かれて、優一さんに上からのしかかられる。

「そっちはあとで食べる」

 こっちを先に、そう言いたげなほど性急な手つきでシャツを捲り上げられると、鼓動が速まり、落ち着いてはいられなくなる。
 舌がきつく閉じた唇を割って入ってくる。舌を搦め取り、口腔を余すところなく舐められると、全身から力が抜けていく。

「ふ……っ、ぁ」
「育実、好きだ。昔からずっと、こうしたかった」

 私だけじゃない。彼の気持ちも同じだと言葉で伝えられると、不安が消化されていくように彼への愛しさで胸がいっぱいになる。
 私は優一さんの背中に腕を回し、彼のキスを受け入れた。

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