エリート弁護士の執着愛
「優一さん」
「彼女をどこに連れていくって?」

 私が聞いたこともないような低い声が耳の近くで響いた。自分が怒られているわけでもないのに、背筋が引き締まる感覚がする。

「あんた誰だ?」
「育実の恋人でここのパートナー弁護士だ。うちに依頼をするなら、ネットか電話でアポを取ってからにしてくれ。彼女に乱暴を働こうとしていた件については警察を呼ぶ」

 優一さんがスマートフォンを取り出すと、太一は慌てたように一歩後ずさった。

「ち、違う! 俺は乱暴なんて! 幼馴染みに頼み事をしていただけだ。おい、育実っ! この弁護士でいいから頼めよ!」
「なにを言ってるんだ。幼い子どもでも、労力には対価が必要だと理解しているだろうに。いい大人が恥ずかしげもなく無能をひけらかすのはやめた方がいい」

 太一の顔が羞恥で真っ赤に染まった。
 無料相談の範囲内であれば、すでに父が話をしている。その上で、事務所を通して契約をと伝えているだろう。金の無心については断っているはずだ。

 だが太一は、悔しげに顔を歪ませたあと、私を見て勝ち誇ったような顔をした。

「ふんっ、あんたは知らないだろうが、こいつ昔はキモデブだったんだぜ。原形を留めてないから美容整形したに決まってる! いいのかよ、こんなのと付き合ってて!」

 太一のあまりのバカさ加減に怒りよりも失望してしまう。彼に手酷く振られ、ブタ実と呼ばれ傷ついていた頃の私はもういない。
 優一さんが、私を好きだと言ってくれたから。私の努力を褒めてくれたから。胸を張って太一の前に立てる。

「綺麗になろうと努力する姿勢をバカにしかできないのは、いっそ哀れだな。努力の一つもしたことのない親のすねかじりに育実はもったいない」
「なんだとっ!」
「それに、先ほどの暴行罪と合わせて侮辱罪も追加されそうだ。そろそろ俺の血管が切れそうなんだが、警察を呼んでも?」
「こ、こんなことで警察なんて呼ぶなよ!」

 太一は目を泳がせながら、脱兎のごとく走り去っていった。
 呆然とその場に佇んでいると、背中を軽く叩かれる。

「大丈夫か?」
「あ、はい……」

 優一さんに痛ましげな顔を向けられて、彼が誤解していると気づく。

「違いますよ、傷ついてません。むしろ、全然傷ついていないことにびっくりしちゃって。あと、どうしてあんな人をずっと好きでいたんだろうと考えてました」
「それならいいが。警察はどうする?」

 私は緩く首を振った。同情ではなく単純にこれ以上彼に関わるのが面倒だった。父に報告し、太一の両親に伝えるだけでいいだろう。
 優一さんの手に自分から指を絡ませると、彼が微笑みながら私の手を握る。

「そういえば、タイチくんを見返したかったんだよな」
「ふふ、そうなんですよね」
「見返せたか?」
「どうでしょう。なんだか、どうでもよくなりました」

 優一さんは「そうか」とだけ言って、私の手を引き歩きだす。

「腹減ったな。育実の好きなクリームパスタでも食べにいくか」
「……それは、惹かれるんですけど、今日は優一さんのお部屋に行ってもいいですか?」
「その誘いは嬉しいが、平日でも手加減できないぞ」
「もうっ、外ですよ!」

 優一さんの腕を軽く叩くと、彼は上機嫌な顔で片手を挙げてタクシーを停めた。繋いだ彼の手から、少しでも早く部屋に帰りたいという欲望めいた熱が伝わってくる。

「ご飯、食べてからでもいいですか?」
「腹を空かせた俺に待てと?」

 くっくっと喉を鳴らしながら笑われて、私の頬はますます紅潮していく。

「私もお腹空いてるんです」

 タクシーに乗り込み、行き先を告げた。後部座席に乗り込んだあとも、手は繋がれたままだった。絡んだ指先がくすぐるように動かされて、私は息を呑む。
 手のひらを軽く撫でられ、扱くような手つきで指先を弄られると、いよいよ声が我慢できなくなりそうだった。

「……っ」

 慌てる私を余所に、優一さんは堂々としたものだ。無言で俯きながら、迫りくる快感に耐えていると、ようやくタクシーがマンションに到着した。

 料金を払いタクシーを降りると、緊張で強張っていた身体がふらついた。難なく抱き留められるその余裕が悔しくて、私は背伸びをして優一さんの首に抱きついた。

「育実?」
「優一さんも、少しは慌てればいいんです」

 夜だし、道を歩く人も数も少ない。マンションの中からも見えないだろう。
 私は思いきって、優一さんの首に唇を押し当て、ちゅっと音が立つほどに強く吸った。抱きついた彼の身体が小さく震える。

「……っ、お前な。俺から余裕をなくしたらどうなるか、わかってないだろう」

 きつく抱き返されて、急に足が宙に浮いた。

「ひゃぁっ」

 ベッドに下ろされると、すぐさま覆い被さられた。なにかを言う暇もなく唇が塞がれて、食らいつくようなキスが贈られる。

「ん、ん~っ」

 いつの間にかジャケットを脱いでいた優一さんは、性急な手つきでネクタイを引き抜き、髪をかき上げた。その妖艶さにうっとりしている余裕はない。
 あっという間にすべての服を取り払われて、熱の孕んだ視線に囚われる。全身に触れる彼の熱さに翻弄されて、頭の中が蕩けてしまったかのようになにも考えられなくなる。

「あっ、はぁ……っ」

 彼のものに貫かれた瞬間、抑えようとしても漏れてしまう喘ぎ声が寝室に響き、私の身体が大きく震えた。
 優一さんが動くたびに揺れる胸に、汗が滴り落ちてくる。その感触にすら、短く喘いでしまう。
 熱い奔流に呑み込まれながら、私は充足感と幸福感に満たされ、目を瞑ったのだった。


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