空色の手紙は執着愛の証 ~溺愛は再会とともに~

「おはようございます、東雲さん、十和田さん」

「おはようございます!」
「おはよう、女将」

…愛し合っていたらすっかりチェックアウトタイムギリギリになってしまい、だからなのかフロントには私達しかいなかった。

私、こんなに情欲に流されるタチではなかったんだけどなぁ…ふふっ



「東雲さん、当館のご滞在はいかがでしたでしたでしょうか。十和田さんがお邪魔ではありませんでしたか?ふふふ」

黒を基調としたタイトなワンピースの制服に身を包んだ女将が笑いながら言う。

膝下丈のワンピースだけど、着物の柄で見かける七宝や牡丹、桜、扇などがあしらってあり、まるで黒留袖のようで、とっても素敵なの!


「はい、お料理も温泉もお部屋も全部大満足です!……あの、実は私…最近ちょっと落ち込むことがあったんですけど、十和田さんに話を聞いてもらったお陰で立ち直れました」

「まぁ…そうでしたか……十和田さん、お役に立ててようございましたね」


賢太郎さんの立場とか考えたら、私達の関係は言わない方がいいよね。

って配慮して話したのに…

「那知、何で十和田さん?さっきみたいに普通に名前で呼ばないの?賢太郎さんて。那知も近い内に十和田になるんだしさ」

「ちょ!…ちょっ…ちょ、それ」

「俺達結婚するんだろ?」

「あぁぁ!だからそれ、言っちゃっていいの!?」

「あぁ、隠すことじゃないし、いずれ分かることだし」

なんてケロッとして言うものだからびっくり!

だって、昨日初対面の二人だよ?
それが翌日「結婚します」って、普通考えられないよね!?
女将だって怪しむよ?
これだけ親しいのであれば「正気ですか!?」って賢太郎さんがなじられてしまうかも!

そう心配したんだけど、女将が両手をパチン!と合わせながら「まあぁ!」と笑顔で言うものだから、またまたびっくり!


「左様でございましたか!それはそれはおめでとうございます!…十和田さんもようございましたね。…いいですか、東雲さんを泣かせてはなりませんよ」

「あぁ、もちろん泣かせるつもりは毛頭ないし、絶対に幸せにするからご心配なく」


とても嬉しそうに祝福して下さる女将だけど、この、賢太郎さんとの会話の雰囲気からして、やっぱりこのお二人って…

「あの、違ったらすみません…女将と賢太郎さんてご親戚ですか?親子にも見えますけど…そうではないんですよね?」

だって、女将のお子さんは、女将見習いをしていられる娘さんとフロントの寿人さんだけだと聞いてるし。


すると賢太郎さんが驚いた様に私を見た。
「…那知、すごいな。何で分かった?」

「分かったっていうか、ふふっ、普通にそんな感じがしたんだけど」

「そっか。まぁ隠すつもりもないし、後で言うつもりだったけど、女将は俺の叔母なんだよ。俺の母の妹で、母親代わり」

「母親代わり?」

「あぁ。母は俺達が子供の頃に亡くなっててさ。それからは叔母の良美(よしみ)さんが育ててくれたから」

「そうだったんですね……それで賢太郎さんに向けた言葉は母親の様な厳しさと温かさがあったんですね」

「まぁ…そこまで酌み取られてたなんて…。賢太郎、本気で結婚を考えているのなら早めに那知さんのご家族にご挨拶なさいね。でも…こんなに素敵なお嬢さんなんだもの、お嫁に出すとなればご家族様も寂しいでしょうね」

「ふふ、それはどうでしょう。でもこんなに急だと驚くとは思いますけどね」

「そうだな、早く挨拶に行かないとな……那知、それも今日話そうな」

「うん。ふふっ」
現実的な結婚のお話に嬉しさが募る。

「じゃあ良美さん、チェックアウトよろしく。ここの宿泊代は俺が払うから」

「待って、それは私が払うから」

「那知はいいよ」

「いやいや、私が予約したんだから…」
と言いながら、鞄からお金の入った封筒を取り出した。

「それってもしかして」

「うん、話したのだよ」

「そのまま持ってきたんだ。ハハッ」

「うん。自分の宿泊費は自分で払うけど、キャンセル料はここから出そうと思って。おつりもここに入れるよ」

それは、尚人が〝旅費〞(キャンセル料と、残りはお詫び料)として置いていった、あのお金。


「那知。それはそっくりそのままそいつに返そう」

「え?」

「那知は持っていたくないんだろ?」

「うん。帰ったら残りを返すつもりでいたから」

「今回は俺が泊まったからキャンセル料はかからないし、宿泊代も那知の夫になる俺が全部持つから、それは返そう」

「賢太郎さん…」

「つーか那知が他の男の世話になるのがイヤ。もう俺の那知なんだから。な?」

賢太郎さんの大きな手のひらが、私のほっぺたを撫でる。

そっか。そういうことなら…
「ふふっ、わかった。ありがとう、賢太郎さん」

その大きな手に、私の手をそっと重ねた。


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