空色の手紙は執着愛の証 ~溺愛は再会とともに~
はぁ……
第1ミーティングルームに近づくと、自然とため息が出た。
仕事とはいえ、まだあれから数日。
賢太郎さんのお陰で、もう尚人の事は吹っ切れているものの……少しやりづらいところはある。
…すぅ……はぁ………
よし、行くか!
ドアの手前で深呼吸し、ドアをノックした。
コンコン、カチャ…
「遅くなりました」
「あぁ、ありがとう…」
「いえ。それでナミハタさんですけど、何かありましたか?」
ドア近くの席に座っている尚人と距離を保つために、テーブルを挟んだ奥の椅子に座る。
前回の営業で使用した資料を広げていると、尚人がポツリと呟いた。
「…ピアス…つけてるんだ」
「はい。つけない理由はないので。それでご用件は」
尚人と二人きりの状況に困惑しているというのもあるけど、賢太郎さんに早く会いたいがために早く終わらせたい、と思ってしまう自分に、改めてビックリしてる。
私が『仕事<恋愛』になるなんて思わなかったな…ふふ。
顔には出さずに、心の中でクスリと笑う。
「……那知」
不意に名前を呼ばれてドキっとした。
ときめいた訳ではないが、やはり長い間そう呼ばれ続けていたからか…体が反応してしまった。
でも…もうそれもおしまい。
「…林田さん、下の名前で呼ぶのはやめて下さい」
「何で?仕事ではまだパートナーになることもあるんだし、そんな他人行儀なこと言うなよ」
「…他人ですよね。それに林田さんは既婚者ですし、そこは線引きが必要かと」
「既婚者とか関係ないよ、僕達2年も付き合ってきたんだから。那知……だから僕には本当のことを教えてくれよ。…十和田社長と結婚なんて嘘なんだろ?」
…え?
もしかして、ナミハタさんの件ていうのは、それを聞くための口実…?
「嘘ではありません。…というか仕事と関係のない話でしたら戻ります」
資料を手早く片付けて席を立つと、尚人も立ち上がった。
「失礼します」
軽く一礼して、そのまま尚人の脇を素通りした時……後ろからグッと上腕を掴まれた。
「っ!やめて下さい」
その手を振りほどこうとするが、尚人はより一層手に力を入れた。
「痛っ……」
「じゃあ………結婚が本当なら……那知も僕を裏切ってたってことだろ…?」
はぁ……いい加減にしてほしいわ。
「あなたと一緒にしないで下さい。私は相手を裏切る様な浮気も二股もしていません」
「じゃあ何でもう結婚なんだよ!別れたばかりでなんておかしいだろ!?」
「…それ、あなたが言います?別れ話の翌日に他の人と結婚したあなたが」
そう冷静に言い、グッと言葉に詰まった尚人の一瞬の隙をついて、捕まれている腕を振りほどいた。
「で…でもさ、リナが言ってた様に、今朝のあれは芝居なんだろ?十和田社長は相馬の兄みたいだし、協力して一芝居打ってもらっただけなんだろ?」
「…なぜそう思うんですか?」
「だってまだ別れて数日だよ?そんな簡単に相手が見つかる訳がないじゃないか。……それにしても、芝居とはいえ、頼む相手が悪かったんじゃないかな」
「何がですか?」
「相馬の兄って、ホールディングスからうちの社長として出向するほどの人間なんだろ?いくら那知が有能とはいえ、子会社の平社員と結婚だなんて有り得ないよ……僕と別れて悲しかったり悔しいのはわかるけどさ、あんな嘘をついても余計に虚しくなるだけだよ」
…はぁ…
「あなた達は夫婦揃ってどこまで私をバカにしたら気が済むんですか」
「違うよ!僕はバカになんてしてない!逆だよ!そこまでするのが可哀想で見ていられないんだ!…でも…ごめん、そんな事をさせた僕が悪いんだよな…」
「違います」
…はぁ…
もう呆れて、ため息しか出てこない。
何で私、こんな人が好きだったんだろう…
他の人と結婚したのなら、私のことは放っておいてほしい。
…もういいや。
早くオフィスに戻って、賢太郎さんと食事に行こう。
と踵を返そうとした時。
「…僕は那知が嫌いになったんじゃない……いや、正直に言えばまだ好きなんだ、那知」
……は?
その言葉の意味を理解した次の瞬間、腕をグイと引っ張られ、そのまま抱き締められた。
「…キャッ!…やっ…やめて下さい!」
この2年…数えきれないほど経験したこの体の感触が、今はただただ気持ち悪いとしか思えず、脳も体もこの男を拒否し、腕の中から逃れようともがいてるのに…尚人は離そうとしない。
「那知、やっぱり僕は那知が好きだし、僕には那知じゃないとダメだ。…那知だって本当はまだ僕の事が好きなんだろ?だからやり直そう。…あんなわがままで勝手な女とはすぐに別れるから」
「な…何言ってるんですか!やめて!離して!」
何とか振りほどこうとするけど、私の力ではどうすることもできなくて、次第に不快は恐怖に変わっていった。
「那知…もう強がらなくていいんだよ。素直になって、予定通り僕と結婚しよう。……愛してるよ……那知…」
その言葉に合わせ、片手でグッと顎を持ち上げられた。
やっ…やだ…助けて……
「け…賢太郎さんっ!」
渾身の力で顔を背けながら叫んだ、その時──