追放された薬師は、辺境の地で騎士団長に愛でられる
その瞬間、黒い騎士たちは明らかに動揺して一歩、いや五歩くらい後ずさりする。カシャンカシャンと金属の触れ合う音を響かせながら。冗談みたいなこの光景を見て、騎士団長ジョセフの名はこの国共通の恐怖の対象であることに、改めて気付く。
黒い騎士たちは明らかに挙動不審になった。そこまでジョーの存在が怖いのだろう。だけど平静を装ったが少し震えた声で、急に敬語になってジョーに聞くのだ。
「わっ、私たちは、とある公爵の私兵です。きょ、今日はある女を探してこの地に参りました。
……騎士団長ジョセフ様。王宮薬師のアンを知りませんか?」
えっ!?大声を出しそうになって、慌てて口を噤んだ。嫌な胸騒ぎが止まらない。そしてすごく怖い。
この人たちは、やっぱり私を探していたのだ。とある公爵の私兵ということは、国王軍の騎士ではないということ……?
しかも、私が王宮薬師だったことを、ジョーに言ってしまうし!!
震える私に気付いていないジョーは、鋭い目つきでじろじろと二人の黒い騎士を見ている。
ジョーはなんて答えるのだろう。知っていると答えたら、私はどうなってしまうのだろう。
「知らない」
ジョーは凄みのある低い声で、吐き出すように彼らに言う。その声には、怒りすら感じられた。
「オストワルの地を荒らし詮索するのもは、我が騎士団の敵とみなす。
お前ら、そのツラ二度と俺の前に見せるな!」
その言葉を合図に、二人の黒い騎士はわーっと叫び声を上げながら逃げていった。隊服のジョーを前に、重装備をしているのに。
そんな様子をぽかーんと見ながら、今はデートどころではないことに気付く。この人たちの目的は分からないが、早く安全なところに避難しなきゃだ。
ジョーはすでに私に背を向け、領主館の中に入ろうとしている。オストワル辺境伯に報告でもしに行くのだろう。怖くてジョーに駆け寄りたい衝動に駆られたが、ジョーの手を煩わせてはいけないと思い、ひとまず治療院へ戻ることにした。
オストワル辺境伯が私の冤罪について知ったら、どうされるのだろう。せっかく安心して暮らせるこの地を見つけたのに、また追放されるのだろうか。胸がずきんと痛んだ。