暗闇に差し込む一筋の光


華恋は、再び目を覚ました。


そんな彼女の姿を確認して、少しだけ彼女から離れた。


今は近づきすぎると怖がって冷静さを失わせてしまう。


負のループから抜け出せなくなってしまう…


「華恋…」


香椎先生は、目を覚まし体を半分だけ起こした華恋のことを優しく抱きしめていた。


「…ごめんなさい…。こんなに取り乱したりして…」


少しだけ呼吸が苦しそうな彼女は、香椎先生に申し訳なさそうに謝っていた。



「…華恋は謝る必要なんてないよ。」


そんな様子を見て、俺は彼女にそう伝える。


驚いた様子で俺の事を見る華恋。


そんな様子を見て、少しだけであったとしても聞く耳を持ってくれているような気がした。


「俺が、最初から近すぎたんだ。ゆっくりでいい。少しずつでいいから、慣れていってほしい。慣れてもらえるために、俺も頑張るから。」



「柏木…先生。」



華恋は、初めて俺のことを呼んでくれた。



たったそれだけが、俺にとってはすごく嬉しかった。



「柏木先生…。きっと華恋は大丈夫。」




施設長が来てから、俺と香椎先生は廊下に出た。



「華恋は、他人である大人には誰にも心を開いてこなかった。小児科でいる時でさえ、私以外の先生の名前なんて呼んだりしなかった。今でもそう。うちの施設には、担任制があるんだけど、華恋の担任と、施設長、私にしか心を開かず他の職員のことは名前で呼んだことが1回もないの。それでも、華恋はうちの施設に来てからだいぶ変わった。少しだけどやっと笑うようになったの。」



「それまでは…笑わなかったんですか?」




「えぇ。笑うどころか、話すことも泣くことも怒ることもなくて、まるで人形みたかった。感情がなくて、声が出せなくなっていたの。失声症ね。10年前だったから…5才の時かしら。あの時の華恋は最年少じゃないのに1番小さくて軽かった。施設で保護するまでは、ちゃんとした栄養を幼少期の頃から与えられていなかったの。施設に来てからも、出された量を食べきれたことがなくて…。それが成長に影響して身長は140cm前後しかないわ。体重も30kg前後。だから、栄養に関しては1番気にかけないといけない子なの。それくらい、あの子は心に深い傷を負った。今でもその傷は残ってる。けど、今日の華恋を見ていたら、柏木先生に任せても大丈夫そうです。」




「華恋とは、ゆっくり時間をかけて、距離を縮めていきます。俺は、絶対に華恋から逃げたりしない。俺にとっても、大切な少女だから。」



「ありがとうございます。」



香椎先生の話を聞いて、俺はさらに華恋のことを守っていきたいと思った。



香椎先生と分かれてからは、外来へと向かった。
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