魔術師団長に、娶られました。
(パ、パーツがね!? 好きっていうのは。びっくりした、好きって言ったよね? でもパーツがだよね。うん。パーツか。パーツが好きってどういう意味だろう……)

 シェーラとて、これまで生きてきた中で、お世辞のひとつやふたつ、言われたことがないわけではない。
 しかしなにぶん、パーツへの言及は初めてだったので、受け止め方がわからない。目とか鼻とか唇のことだろうか?
 好きということは、嫌いではないという意味だ、と考えておく。
 戸惑いをごまかすように、早口で独り呟いた。

「ええと、ではこれからの予定なんですが。どう、しようかな」

 のんびりと手を繋いで歩いているだけでは、任務達成とはなるまいと、思考を巡らせる。
 一方のアーロンは焦った様子もなく、実にのどかに提案してきた。

「俺に任せてみませんか」
「えっ。いえでもあのそれは、恐れ多いといいますか。ここは私が団長の身の安全を確保しつつ不便なく過ごしていただけるよう最大限気を使うところであって」
「ありがとう。ものすごく接待するつもりになってくれているみたいで、その気遣いにはお礼を言う。だけど、俺に対してそういうのは良いよ」

 決してきつい口調ではなかったが、全体としてシェーラの申し出は拒否をされた空気であった。シェーラは一瞬、頭の中が白くなるのを感じた。

「そういうの、と言われましても。それは、どういう……、何がだめですか?」

 アーロンを見上げて尋ねる。
 立ち止まって、正面から向き合ったアーロンが、真面目な口ぶりで答えた。

「いつもの行動を見ていてもわかりますが、シェーラさんは責任感があります。今日は仕事で、相手である俺は副団長の自分より階級が上ということもあり、当然自分が接待する、つまりエスコートするものだと考えていると思います」

「その通りです。アーロン様をわずらわせるわけには」

「その気持ちを否定しているわけじゃないんですが、俺の認識とは少し違います。俺からすると、俺はシェーラさんより年上で男で、リードできる場面があるならリードしたいと考えています。もしこの先シェーラさんが行き先に困っているのなら、悩まなくていいですよと言いたい。俺に任せればいい」

 年上で男で、と明言されてしまうと、シェーラとしては若干の抵抗がある。
 大事な場面で、年齢がどうとか男女がどうという言葉に寄りかかってはいけない、というのはシェーラの信条でああった。
 しかし、いままさに行き先に困って手詰まりになっているというのは、事実なのである。

(私は……、ひとに任せるのが苦手なんだ。全部自分で負うものだと思って生きてきたから)

 シェーラはデートというものが、よくわかっていない。
 待ち合わせをして食事をしてそれから何をする? それ以上がまったくの未知なのだ。

 当初の予定では、どう頑張っても一時間も会話がもたず、ここに至る前に解散しているはずだと考えていた。
 そのため、「デートでは具体的に何をすれば?」と、ひとに話を聞いたり行き先の下調べをすることをしなかったのだ。準備が悪すぎる。
 仕事だとすればありえない対応なので、自分に甘えがあったと認めざるを得ない状況だった。
 アーロンはおそらくそこまで見越した上で、「俺に任せればいい」と言っている。
 キャリアの差を感じた。

(アーロン様、さすが。何をやらせてもできる男はできるんですね。優秀なんだなぁ……)

 しみじみと感じ入りながら、シェーラは思ったままのことを告げた。

「私は、職業選択に際し、あまり他の女性が選ばない『騎士』の道を選びました。適性を考えればやむにやまれぬ選択だったのだと考えていましたが、どこかに『自分はひとと違うことができる』という思い上がりもあったのかもしれません。実際に、騎士団で昇進もしました。でも、アーロン様のように優秀な方と接すると、自分の未熟さに気づきます」

 ひとと違う道を選んだ以上の責任はあるのだからと、弱音を吐かない、他人に任せない在り方が「自分らしさ」になっていた。
 それは「仕事には手を抜かない」という意味だ。
 今日のシェーラは、その点において反省しかない。
 アーロンは、そういったシェーラの思いを強く否定することなく、包み込むように話す。

「わかります。シェーラさんは、ひとに任せたり頼ったりという考えがないんでしょう。それはシェーラさんの長所だと思います。もしかして、俺が男だからと言ったのも引っかかってるかもしれません。ただこれは自然な考えとして、俺の隣でシェーラさんが悩んでいるなら俺も一緒に考えたいし、できることなら解決したい。荷物を持っているなら、君にだけ持たせておきたくない。しんどそうなら休みましょうと言いたい。そういう俺を、少しだけ受け入れてみませんか?」

 アーロンが語るひとつひとつの光景を思い浮かべようとしたが、うまくできない。
 シェーラは唇を震わせて、なんとか答えた。

「どうでしょう。私にはそういう経験が、ないので」



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