魔術師団長に、娶られました。

明日思い出す光景

 シェーラにとって、人に頼る、より掛かる、お願いするというのは、考えるだけで気が重いことだった。

 仕事なら、ある程度は大丈夫だ。
 部下を適切に配置して使うのは上官の責務であり、力量が問われる部分である。
 その結果に責任を負うところまで、仕事の範囲として誠心誠意取り組むことができる。

 私生活では、そこまで割り切って考えられない。
 なにしろ、自分以外の誰かに何かを託すというのは、賭けのようなもの。
 シェーラは、不確かな結果を思ってやきもきするのが非常に苦手な性分だった。

(相手の力量や状態によって、得られる結果が変わってくるというのが、しんどい)

 良い結果ならともかく、悪い結果で「これなら自分でやった方が」などと考えてしまえば、もう目も当てられない。
 その不満は絶対に、相手に伝わってしまう。どうあっても、摩擦が生じる。
 アーロンの澄んだ目を見つめ、シェーラはぎこちなく言葉を紡いだ。

「私は子どもの頃、『奥様』になるようにと言われていました。どういうわけか、私にはそれが怖かったんです。奥様になるには、旦那様が必要ですが、そうして他人に自分の人生を預けたとき、楽になるというより、気を張って疲れてしまうのではないかと。いろんなことが相手次第となり、予測がつかなくなって、不安になったり、失望したり、それを相手に気づかれてぎくしゃくしたり。そういう、悪いことがたくさんあるような気がして」

 その考え自体は、子どものときにいきなり芽生えたものではない。
 ただ、成長過程で言語化したら、そういうことではないかと気づいたのだ。
 それがよりいっそう、シェーラを剣の道へと邁進(まいしん)させた。

「結婚に、夢がなかった?」

 言葉少なに確認される。
 シェーラは即答を避けて、なんとか自分の考えを説明をした。

「嫌な思いをしそうだな、という警戒心です。それで、『奥様』以外の生き方も選択肢にあればと思い、努力をしてきました。それで、自分が優先しなかった、できなかった生き方には、苦手意識があります。つまり……、私生活において『男性に頼る自分』というのは、受け入れ難いものがありまして」

 面倒なことを言っている自覚は、ある。

(私は恋愛に至るだいぶ手前で、諦めてしまう。「相手を信じる気持ち」が、ひとより脆いんだ。だけどこの心の弱さを「愛される自信が無いから」と言い換えられるのも嫌で)

「頼る気にならなかったのは、頼りたいと思える相手に出会わなかっただけでは? 俺はどうですか」
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