EASY GAME-ダメ男製造機と完璧上司の恋愛イニシアチブ争奪戦ー
 しばらくの間、はた目からは抱き合っているように見える状況で泣き続け、ようやく落ち着いたのは、どのくらい経ってからだろう。
 部長は、グスグスと鼻をすするあたしを離すと、雑に、その涙を拭いた。
「――後は、部屋に帰ってから聞く」
 そう言って、部長は、あたしの手を握ると、指を絡める。
「あ、あの」
 久し振りすぎる恋人繋ぎに心臓が反射で跳ね上がり、思わず振りほどこうとするが、その手の力強さにはかなわなかった。
 部長は、あたしを振り返る事も無く、そのまま二人で手をつないでマンションに入り、エレベーターで最上階まで向かう。
 ずっと無言のままだったが、握られた手の温度が、あたしより冷たかったので、何も言えなかった。

 ――……もしかして……探して、くれてた……?

 エレベーターが到着し、そのまま廊下を進む。
 そして、中に入った途端、きつく抱き締められた。
 それは、先ほどとは、くらべものにならないくらい――力の限り。
「……あ、あの……朝日、さん……?」
「――……何があった」
「え?」
 その言葉に、抑えきれない怒りを感じ、あたしは顔を上げようとするが、そのまま部長の胸に顔を押し付けられた。
「……あの……何で……」
「――何だ」
「何で……怒ってるんですか……」
「怒るに決まってるだろう!」
 そう、部長は叫ぶように言った。

「どれだけ、心配したと思ってる!!」

「――え」

「――……先に帰ったと思ったのに、部屋に帰った形跡も無い。電話をしても、一向に出ない。――……事故にでも遭ったかと思ったら、こんな深夜に、息を切らして服を乱して――何も無かったとは言わせないからな」
 そう言うと、部長は、そっとあたしを離して見つめる。
 あたしは、その視線に戸惑いと、ほんの少し、どこかで喜びを感じた。

「――で?」

 部長は、黙秘は許さないとばかりに、返事を促す。
 あたしは、視線を逸らすが、すぐに両頬を掴まれ向き直させられた。
「美里」
「――……すみません」
 けれど、視線を合わせられない。

 ――……元カレに襲われたとか、バカみたいじゃない。
 自業自得って言われても、仕方ないんだ。

「美里」
 返事を促す部長は、ぶれずにあたしを見つめている。
 その視線に耐えられない。
「……お願いですから……放っておいてください」
「恋人だろう、放っておけるか」
 あたしは、その返しに意地になる。

「だからっ……恋人だって言っても、お試しじゃない‼――何の気持ちも無いのに、中途半端に優しくしないでよ!」

「――無いように見えるか」

「え?」

 思わず、ポカンとして部長を見上げる。

 ――え……どういう意味……?

 すると、苦笑いで返された。
「――言っただろう、意地っ張りな女は嫌いじゃない、って」
「ただの好みでしょ」
「自分の事だとは思わないのか」
 あきれたように言われ、あたしはカチンとくる。
 何で、あたしが悪いみたいに言われなきゃならないのよ!

「そんなの、わかる訳ないじゃない‼」

 あたしは、部長を突き飛ばそうと両手を突っ張るが、びくともしない。
 逆に、両手首を強い力で掴まれ、動けない。
 離れようともがいていると、部長はふてくされたように、

「――……これでも、精一杯なんだよ」

 そう言った。
 あたしが、顔を上げると、耳まで真っ赤な部長の顔が視界に入る。

 ――……え。

 ――……あれ、何、コレ。

 放心状態のあたしの身体を、部長はそっと離す。

「――……何の気持ちも無い女に、キスなんかするか」

「……ぶ、部長」

 そう告げられ、あたしは、これ以上ないくらい、目を見開いた。
「……美里」
「あ、朝日……さん」
 慌てて言い直すと、部長はふてくされたまま、あたしの頬を両手で包み、顔を上げさせた。

「――お前は……いい加減慣れろと言ったはずだが」

「……ハ……ハイ……」

 まるで、仕事中のような物言い。
 でも――表情も、声も甘い。

 そのまま、部長――朝日さんは、あたしにキスをいくつも落としていく。

 何だか、一気にいろんな事が起きすぎて頭がついていかないけれど――彼の言葉は、信じたい気がした。
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