あやかし猫社長は契約花嫁を逃さない
(柚希って、犬島さんの下の名前で話しかけて気安さを演出したのに、一刀両断。これは犬島さんの方が上手(うわて)だ~! しかも返す刀でぶった切ってきた……。いまの猫宮社長の生活で、犬島さんがいないなんて考えられないだろうに……)

 所構わず猫になってしまう体質。確実にもとに戻る方法はいまのところ、猫化の解呪及び抑止能力を持つ龍子と接触するしかない。不便この上ない状態だ。
 それもあっての、犬島あっての猫宮状態なのだろうが、ばっさりと言い返された猫宮は悄然としてもそもそとご飯を食べ始めた。
 さすがに気の毒になってきた龍子は、空気を変えるべく明るく声を上げる。

「お二人は、会社の外ではご友人関係なんですか? 犬島さんは猫宮家にも詳しいですし、秘密を知っても平然としてらっしゃるといいますか」

「犬島家は、代々猫宮家に仕えてきた家柄です。俺と颯司さんは子どもの頃からの知り合いで、幼なじみと言える間柄ですね。ただ、いまの時代なので仕えるとはいっても、家令として家に入るというより、会社勤務で仕事の面から支える方が合理的です。俺の方が颯司さんより三歳上で先に入社していたんですが、首尾よく社長になって頂けて良かったです」

 犬島もまたプライベートを意識しているのか、少しだけ話し言葉を崩している。とは言っても龍子としては(さすが良家は庶民には想像もつかないつながりがあるんだなぁ)と感心してしまった。仕える、とは。

「では、『家庭を持ったら』と言っても、この先も基本的にはずっと猫宮社長のそばに……」

 会話の流れで聞くと、犬島からにこっと優しく微笑まれた。なぜかとても迫力があって、龍子はそれだけですでに(ひる)んでしまった。笑顔の圧が強い。
 犬島は、まるで猫宮にも聞かせるかのように丁寧に説明をしてくれた。

「それは考えにくいです。そんなことをしたら家庭がうまくいかないでしょう? 俺が今みたいに颯司さんを公私ともに支え続けるというのは、つまりよそに家庭を持っているのと変わらないですからね。それでは妻になってくれるひとにも申し訳が立たないです」
「そ、それはたしかに」

 そもそも犬島は料理その他完璧にこなす男性なのだ。夫になったら、ここぞとばかりに家族に尽くす心積もりなのかもしれない。猫宮の面倒もよく見ていることを考えれば、育児にも強そうだ。

「ということで、俺が心置きなく次のステップに進むためには、一にも二にも颯司さんの自立が不可欠なわけです。彼女がいないとかぐずぐずしていられると面倒なんですよ」

 最終的に黒い面がにじみ出た。
 あはは、と笑いながら龍子は食事に集中することにした。

(なるほど。猫化解決に関して協力的なのも、そのへんの事情ですね。いまは家に泊まり込みや通いまでしてくれている犬島さん、もしかして彼女とデートもできずに結婚話が進められないでいるとか)

 それならば、たとえ相手が龍子でも猫宮の周りに女性がいるのは「喜ぶべきこと」なのだろう。(誤解なんだけどなぁ)と龍子は胸の内で呟くも、白米と一緒に飲み込んだ。


 朝の件。
 前夜、一時帰宅をした犬島が、翌朝普通に出社する時間帯に屋敷に来ると猫宮の気配がなかった。朝食の仕込み等用事をすべて済ませてから、ようやく屋敷の中を探して歩き回っていたところ、龍子の部屋まで行き着いた、というのが本人による説明。

 ――早合点するなよ、柚希(ゆずき)。これは違うからな!

 動揺しまくった猫宮が犬島の名前を呼び、犬島の目撃した光景を否定しようとしていたが、犬島は「颯司さん。言い訳は見苦しいですよ」と薄ら笑いとともに流してしまった。
 これは猫宮劣勢、と見て取った龍子もすかさず言い添えてみた。

 ――あの、本当に、一晩一緒に寝たのは事実ですけど、何もなかったですよ!?

 にこり。
 微笑まれた瞬間、悟る。

(あ~これはこれは、何を言っても無~理~……ですね)

 一緒に寝たというだけで「何か」である。「何も」ではないのだ。以降は水掛け論になると悟った。
 そこで犬島に「着替えて食堂まで来てください。まずは朝食を」と言われて解散。各々準備して来てみれば、すでに朝食が食べるだけの状態で並んでいたのだ。
 そして、今に至る。



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