契約結婚のススメ〜騎士団長の雇われ妻になりまして〜

騎士団長は拗らせてる

 ここはエルドラシア王国、王立第二騎士団団長室。
 団長専属の秘書官を務めるリーゼ・スターリングは、一通の封筒を恐る恐る上司に差し出していた。

「あの、フォスター団長。お手紙が届いています、その、お母様から……」
「母からだと……?」

 冷徹騎士団長と評される彼の眉間に、深い皺が三本刻まれた。彼の眉間の皺は必ずしも怒りを示しているわけではないが、三本ある場合は高確率で彼の機嫌は急降下している。

 本来自宅に届くはずの家族からの手紙が騎士団(しょくば)に届く時点で不穏だ。
 そしてこのやり取りは初めてではないので、その内容にもうっすら想像がついたりする。

(なんだろう……また、早く結婚しなさいっていうお小言かしら?)

 内心苦笑いをしながら、新人文官なら裸足で逃げ出しそうな鬼の形相を浮かべる上司――第二騎士団長、ランドルフ・フォスターの様子を伺う。
 彼は無言のまま、リーゼから受け取った封筒をペーパーナイフを使って開き、口元を不機嫌そうにひくつかせて手紙を読んでいた。
 
 目を伏せていると、彼のまつ毛の長さがよりはっきりと分かる。リーゼは胸を高鳴らせつつ、バレないようにこっそりとその端正な面立ちを眺めた。

 だが、その至福の時間はすぐに幕引きした。時間にして一分もない。
 手紙を読み終えた彼は、顔を上げたと同時にすぐさま手紙をグシャグシャに丸めてクズ箱へ放り投げた。

(ああ……)
 
 かわいそうに。
 哀れな姿になった紙片と差出人であるランドルフの家族に同情するも、顔には決して出さない。
 リーゼはサササッと団長室の脇にある小机に移動し、あらかじめ用意していたコーヒーとレモンクッキーが乗ったお盆を持ち上げる。
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