契約結婚のススメ〜雇われ妻のはずが冷徹騎士団長から無自覚に溺愛されています〜
 この部屋は元々客間だったらしい。リーゼが越してくるにあたって改装してくれたのだとか。
 もちろん、ランドルフの部屋は別にある。

(契約結婚だしね。さすがにそういうことはしないわよね……)

 結婚前に渡された契約書には、閨のあれこれに関しては特に明記されていなかった。
 だが、そもそも契約結婚なんていうまどろっこしい手段を用いたランドルフが、リーゼに普通の夫婦が営む行為を求めるとは思えない。子供も、親戚から養子をもらうから必要ないと宣言していたので欲してはいないのだろう。
 結婚式の誓いのキスだって、「ふり」だったのだ。

(私に対しては全く食指が動きませんって感じだしね)

 帰って早々お風呂に入ったので今は脱いでしまっているが、ウェディングドレス姿のリーゼは、自分で言うのもなんだが、そこそこ可愛らしかったと思う。
 
 だが、ランドルフはリーゼを見ても何も言わなかった。
 式の直前、花嫁のための控室までリーゼを迎えに来たランドルフは、いつもと変わらない態度で『時間だ。そろそろ行こう』と告げただけ。目を瞠るとか、そういう仕草すらなく。
 あれはさすがにちょっと傷ついた……。

(でも契約だもの……女として見てほしいとかそんなことは思っちゃいけない……)

 ランドルフは、リーゼに女を求めていない。この胸に宿るほのかな恋心は、ずっと心に秘めたまま決して表に出してはいけない。
 だってリーゼはお飾りの妻だから。

 甘くない現実に心が挫けそうになる。が、もう神様にも誓ってしまっているので、今更この結婚をやめることなんてできない。
 
 この結婚を決めてから幾度となく襲われた気鬱をまた患いそうになったその時、部屋の扉を叩く音が聞こえてきて、リーゼはビクンと背筋を伸ばした。
 ノックの音は重たい。それだけで、扉の前に立っているのが誰なのか判断がついて、リーゼは目を白黒とさせる。
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