契約結婚のススメ〜雇われ妻のはずが冷徹騎士団長から無自覚に溺愛されています〜

妻ですが、なにか?

 クッションに金糸の刺繍がふんだんに施されたふかふかの座席。振動はさほど感じず、馬車の中とはまるで思えない。
 狭い乗合馬車しか乗ったことのないリーゼは王女らしく仕立てのいい外出着を身にまとい、非常に居心地悪く座っていた。

 この分不相応な場所から早く抜け出したい。
 馬車が国境の関所を抜けるまで、あと一時間ほどだろうか。
 襲撃犯が王女を狙うとすれば、事を構えるのは十中八九エルドラシア国内だと、ランドルフは話していた。
 確かにそれはそうだろう。ミスティア入国後にエルドラシアの賊がフィリス王女を襲ったならば、たちまち国際問題に発展し、国内だけでは収拾がつかなくなる。
 だからリーゼがお役御免になるのも、あと少しの辛抱……のはず。

 膝の上で拳を作り、何事も起こらないよう懸命に祈っていると、隣からフッと笑い声が聞こえた。

『大丈夫かい、王女殿下?顔が真っ青だ』

 高く結い上げたブロンドを揺らして、リーゼの護衛を務める第二騎士団のベルが微笑んだ。
 凛とした佇まいは麗しいの一言に尽きる。平時ならリーゼも見惚れただろうが、今はそんな余裕もなく首を横に力なく振ることしかできない。

『あの……本当に賊は襲ってくるんでしょうか……?』

 恐る恐る訊ねると、ベルは肩をすくめた。
 
『ない、って言いたいところだけど、九割方仕掛けてくるだろうね。アディンセル公爵がこの好機を逃すはずがない』
『そう、ですか……やっぱり、裏で糸を引いているのは、アディンセル公爵家なんですね……』

 囮になれ、と言われただけで、リーゼは詳しい内情を一切聞かされていなかった。
 けれども黒幕の予想はついていた。この国の政治に関わる者なら、少し考えを巡らせればわかることだ。
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