桜吹雪が綺麗です。
少しだけ、お酒が入っていたせいかもしれない。
人生で、一番素直になろうと決めていたせいかもしれない。
千花の口から、本音がこぼれ出た。
「そんなことってある? こちらこそ、気が変わらないうちにお願いします! って言いたい。言っていい?」
額から手を放して、柿崎がまっすぐに見て来る。
千花をたじろがせるほどに、真摯なまなざしで。
「言ってください」
千花は椅子から下りると、正座して両膝に軽く握った手を置き、柿崎と向かい合う。
「今日はありがとう。今日だけでいいと思っていたけど、嘘は言いたくないから正直に言います。柿崎くんと、もっと、一緒にいたいです」
「好きってことでいいですか」
すかさず念押しされて、千花はじっと柿崎を見つめた。
(嫌なことがあっても、いつもいつも一人でやり過ごしてきた。それが今までの私だったし、この先もずっとそうだと思っていた)
とことん嫌なことがあった今日この夜、まるで運命のように「寄りかかっていいよ」という人が隣に現れた。
それがものすごく心地よくて、離れたくなくなってしまった。
千花はこれまで、その感情を「そんな風に他人に甘えたら、自分がダメになる」とずっと否定してきたのだ。
(「都合が良すぎる」「人生そんなにうまくいくはずがない」「裏があったらどうするの」「私はこのときの選択を、いつか後悔するんじゃないの?」「今ならまだ引き返せるよ」「失敗したくない」「こんなに嫌なことがあった後で、他人をどうして信用しようとするの」いくらでも思い浮かぶよ。否定する言葉が)
慎重に、生きてきたから。
その一方で、今まで見ないふりをしていただけのことに、気付きそうになっている。
恋愛とか結婚とか。
自立した女が生きていくために、必要不可欠とはいえないもの。
それどころか、なんとなく浮ついて軽薄に感じるもの。
手を出して痛い目を見て、仕事や生活に影響が出たらどうする。
成就するならともかく、別れてしまったら。
相手が遊びだったら?
さんざん考え抜いてきたそれは、自分の一部になっていて、今にも口をついて出て来そうだった。
けれど、傷つきたくないからと危険を避けていてさえ、今日のように不意に他人の感情に巻き込まれる。そのことにさらに落ち込んで、気持ちが引きこもる。
それだけの人生でいいの?
まっすぐに目を逸らさずに見つめてくる柿崎の、綺麗な瞳。
そこに自分が映り込んでいるのを不思議に思いながら、千花はようやく声を絞り出した。
「八年前、あなたが私を好きになってくれたことは関係なくて。今日、私があなたを好きになりました。今日の私に、あなたが好きになってくれるようなところはなかったかもしれないけど、この先好きになってもらえるように、努力したいです。一緒に……いたいです」
柿崎は、立てた膝を両腕で抱えるように座り直した。
小さく苦笑して「手、固定しておかないと抱きしめちゃいそう。今日の今日でそういうこと急ぎたくないから……。先生、努力って、真面目すぎる……」と独り言のように言い始める。
床に膝をついて距離を詰めた千花は、自分から両腕をまわしてその身体を抱きしめた。
スレンダーな見た目だったが、どこもかしこも引き締まって固い。触れ合ったところから筋肉質な身体の感触と、心臓がどくどく鳴っているのが伝わってくる。
柿崎は、千花の腕の中でしばらくじっとしていたが、深い溜息を吐きだしてから、両腕を伸ばして千花を抱きしめ返してきた。
力が強い。
身動きを封じられ、もはやなすすべもなく捕らえられてしまったという感覚。
耳元に唇を寄せてきた柿崎は、掠れた声で言った。
「キスしてもいいですか?」
人生で、一番素直になろうと決めていたせいかもしれない。
千花の口から、本音がこぼれ出た。
「そんなことってある? こちらこそ、気が変わらないうちにお願いします! って言いたい。言っていい?」
額から手を放して、柿崎がまっすぐに見て来る。
千花をたじろがせるほどに、真摯なまなざしで。
「言ってください」
千花は椅子から下りると、正座して両膝に軽く握った手を置き、柿崎と向かい合う。
「今日はありがとう。今日だけでいいと思っていたけど、嘘は言いたくないから正直に言います。柿崎くんと、もっと、一緒にいたいです」
「好きってことでいいですか」
すかさず念押しされて、千花はじっと柿崎を見つめた。
(嫌なことがあっても、いつもいつも一人でやり過ごしてきた。それが今までの私だったし、この先もずっとそうだと思っていた)
とことん嫌なことがあった今日この夜、まるで運命のように「寄りかかっていいよ」という人が隣に現れた。
それがものすごく心地よくて、離れたくなくなってしまった。
千花はこれまで、その感情を「そんな風に他人に甘えたら、自分がダメになる」とずっと否定してきたのだ。
(「都合が良すぎる」「人生そんなにうまくいくはずがない」「裏があったらどうするの」「私はこのときの選択を、いつか後悔するんじゃないの?」「今ならまだ引き返せるよ」「失敗したくない」「こんなに嫌なことがあった後で、他人をどうして信用しようとするの」いくらでも思い浮かぶよ。否定する言葉が)
慎重に、生きてきたから。
その一方で、今まで見ないふりをしていただけのことに、気付きそうになっている。
恋愛とか結婚とか。
自立した女が生きていくために、必要不可欠とはいえないもの。
それどころか、なんとなく浮ついて軽薄に感じるもの。
手を出して痛い目を見て、仕事や生活に影響が出たらどうする。
成就するならともかく、別れてしまったら。
相手が遊びだったら?
さんざん考え抜いてきたそれは、自分の一部になっていて、今にも口をついて出て来そうだった。
けれど、傷つきたくないからと危険を避けていてさえ、今日のように不意に他人の感情に巻き込まれる。そのことにさらに落ち込んで、気持ちが引きこもる。
それだけの人生でいいの?
まっすぐに目を逸らさずに見つめてくる柿崎の、綺麗な瞳。
そこに自分が映り込んでいるのを不思議に思いながら、千花はようやく声を絞り出した。
「八年前、あなたが私を好きになってくれたことは関係なくて。今日、私があなたを好きになりました。今日の私に、あなたが好きになってくれるようなところはなかったかもしれないけど、この先好きになってもらえるように、努力したいです。一緒に……いたいです」
柿崎は、立てた膝を両腕で抱えるように座り直した。
小さく苦笑して「手、固定しておかないと抱きしめちゃいそう。今日の今日でそういうこと急ぎたくないから……。先生、努力って、真面目すぎる……」と独り言のように言い始める。
床に膝をついて距離を詰めた千花は、自分から両腕をまわしてその身体を抱きしめた。
スレンダーな見た目だったが、どこもかしこも引き締まって固い。触れ合ったところから筋肉質な身体の感触と、心臓がどくどく鳴っているのが伝わってくる。
柿崎は、千花の腕の中でしばらくじっとしていたが、深い溜息を吐きだしてから、両腕を伸ばして千花を抱きしめ返してきた。
力が強い。
身動きを封じられ、もはやなすすべもなく捕らえられてしまったという感覚。
耳元に唇を寄せてきた柿崎は、掠れた声で言った。
「キスしてもいいですか?」