ヨルの殺人庭園

五日目:相原隼人の「ヨル」

 図書館を統べる執事、「ヨル」。それは、ハヤトが初めて作ったネームドなキャラクターだった。
 図書館のことなら何でも知っていて、やってくるキャラクターたちにいろんなアドバイスを与える。その結果破滅する者もいれば、救われる者もいる。そんなシリーズを書くのが彼の趣味だった。
 彼は冷酷だけれど、残虐ではない──それは、ハヤトの言葉だった。

「ほら、オレ、ミカン先輩の影響で小説を書き始めたって話したことあるじゃん」
「あるね」
「図書館って題材さ、先輩が書いてた題材だったから。オレも書いてみたいな、って思って書いたんだよね」

 ハヤトはそう言って照れ臭そうに頬を掻いた。それから、「ヨル」についての説明を続けてくれる。

「ヨルはときどき来訪者を不幸に陥れるようなことを言うけど、別に悪気は無いんだ。ただ、現実を突きつけるだけでね。その点、マキの書く物語とは違うかな」
「何それ、私が悪意マシマシで小説書いてるみたいな」
「そうじゃないの?」

 目を丸くして真剣な顔をするハヤトに、思わず笑い出してしまう。確かにそうだ、私の書く物語のほうがずっと悪意がある。でも、その悪意が面白いのだ。
 閑話休題、ハヤトは、でもさ、と言い足したのだった。

「別に愛着があるわけじゃないんだ。なんていうか、初めて出来たキャラってだけで」
「そうなの?」
「オレ、名前の無いキャラ作るほうが多いでしょ。アレ、そっちのほうが書きやすいからっていう理由なんだよね。だから、ヨルはシリーズを書く上で必要だったから名前を付けられただけなんだよ」

 ──私は、ハヤトのそんな言葉を思い出していた。



 自宅に戻るなり、私はすぐに自室へと駆け込んだ。頭の天辺に血が上って、足元がふらついて仕方が無い。
 胃がきりきりと痛み、今にも吐きそうだ。慌てて胃薬を飲み、横になる。目を閉じれば、スマートフォンに表示されていたあの文章が蘇ってくる。

──おめでとう! 裏切り者でした!

 ハヤトが死んだことよりも、ハヤトが裏切り者だったことよりも、何よりも恐怖したのは、これで一人裏切り者が減ったことだった。今までは別の人が死んでくれていたけれど、もう残り四人。生き残るのは至難の業だ。
 これから私はどうやって生きていく? あと三人を、どうやって騙す?
 胃薬が効くのを待って布団に横になった。スマートフォンを手に取っても、文芸部のグループにハヤトのアカウントは──無い、はずだった。
 ハヤトのアカウントは「存在しない」のではない。「グループを退会した」と表示されていたのだ。今までとは違う。つまり、ハヤトのアカウントは存在するのだ。
 私は咄嗟にハヤトへ連絡を取ってみた。

──まさか、生きてるの?

 だが、返信は無い。もう家に着いているだろうから、返信が来るならこのタイミングかと思われたが。
 何かのバグか、消し忘れか──もしもハヤトの家が近くにあったら会いに行って確かめるところだ、と思いつつ、胃の痛みに悶えて布団を被った。
 それから胃薬が効いてくると──えずくことだけは残っているけれど──やることが無くなってしまった。仕方無く文芸部の部誌を手に取り、ぱらぱらと捲ってみることにした。
 偶然開いたのはミカン先輩の小説だ。ある神様がキャラクターたちを作り、その箱庭を眺めるために神様自身も自分の化身を作って中に入れる、そんな話だ。神様はいろんなキャラクターたちと会ううちに人間の醜さや美しさを知っていく。その感情の鮮やかさが魅力的だ。
 カリヤの書くライトノベルや、ヒイラギ君の書く教科書に出てくるみたいな物語、リリカやウヅキ、ヨザクラ先輩のイラスト──どれも精鋭揃いであることは分かっている。それでも私がどうしても好きなのが、ミカン先輩とハヤトの書く純文学だった。
 ミカン先輩の書く爽やかながらも毒を孕んだ少し不思議な物語。ハヤトの目の前に光景が広がるほどの美しさを誇る物語。他の誰が認めなくても、私は二人の物語が大好きだった。
 だが、どちらも今では死んでしまった。いや、殺してしまったのだ。今になって、ハヤトを自分の手で──投票で殺してしまったことに後悔の念が込み上げてくる。
 どうして、大好きだった人たちを殺さなくてはならないのだろう。どうして、大好きな人を守るために他人を犠牲にしなくてはならないのだろう。なんて理不尽で、なんて不条理なんだ。
 そして私にはもう一つ、恐怖が込み上げてくる。

「……皆、死んだままなのかな……」

 そう、このゲームが終わったとして、誰もが死んだままになるのか、ということだ。だとしたら、文芸部はもうもたないだろう。私の居場所は、無くなるといったところだ。私の世界に刺激を与えてくれたミカン先輩も、ハヤトも、もう生きていないのだから。
 私に残されているのは、孤独に生きていくか、自分の死かだけだ。
 リリカを守りたいと言っているけれど、私は裏切り者だ。だから彼女と一緒に生きることはできない。ただ延命を図っているだけだ。そのうちに何とかならないかと、そう思って──
 何とかするには、どうしたら良いだろうか。
 机に置いていた赤い髪飾りを手に、ぐっと握り締める。今ではこれは私のお守りのようになっている。これを握っていると頭が冴えてきて、冷静になることができるからだ。
 だが、何か思いつくことは無い。私は布団に伏せて、大きく溜め息を吐いた。
 とりあえず、今日は寝ることにしよう。そして目が覚めたら、また明日がやってくるのだ。今度はどうやって生き残ろうか──そう考えているうちに、私は微睡みに落ちていた。



 結局胃痛は収まらず、まともに眠れやしなかった。それでも学校に行かねば、と、ゾンビが唸るような声を上げて体を起こしたが、その体は床へと吸い込まれていった。
 部屋から出ることも叶わず、私は家族のグループに一言連絡を入れて、布団へと戻った。今日は学校を休もう。一日中眠っていよう。それが現実逃避になるのかは、分からないけれど。
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