その溺愛、契約要項にありました?〜DV婚約者から逃れたら、とろ甘な新婚生活が待っていました〜

16 契約

父が訪ねてきた意外に、訪ねて来る者もなく、ベッドの上で本を読んだり、ぼんやりと過ごした。

夕刻になり、少しだけうとうとして、目が覚めたらベッドサイドの椅子にロブダート卿が座って眠っていた。

いったいいつの間に来たのだろうか。寝ていたといっても、うたた寝程度で浅い眠りの中にいたはずだったのに、全く気配を感じなかった。


そういえばロブダート卿は、アカデミーでは剣術も素晴らしい成績を収めていたようだし、王太子殿下のおそばについている以上今でも鍛えていらっしゃるのだろう。
私のような素人相手に気配を消すくらい簡単なのかもしない。

そんな事を考えていると、やはり気配を感じたのだろうか、彼がピクンと肩を揺らして、目を開けた。


そうして私と視線が合うと、少し恥じるように視線を泳がせた。

「体調は、どうだ?」
視線を逸らしたままに聞かれて、その姿が普段のシャンとしている彼とは違って、いけないと思いながらも笑みが溢れてしまう。


「ありがとう大丈夫……ご迷惑をおかけしてごめんなさい」

ゆっくり身体を起こすと、慌てたように彼は腰を浮かせて、背中を支えながら、枕を入れてくれた。

「おれのせいでもあるんだ。気にしなくていい」

そう言ってもう一度腰を下ろすと、彼はしっかりと私を見据えた。

どうしたのだろうかと、首を傾けると彼はグッと眉を寄せる。


「提案があるんだ。俺と結婚しないか?」


いつも冷静で落ち着いた様子の彼にしては強い口調だった。


思わず息を飲んだ私に、彼は変わらぬ厳しい……いや意を決したというような表情で話を続ける。

「婚約は解消できた。昨晩のあの出来事に目撃者がいたらしく、王太子殿下の耳に入り王女殿下が知ることとなったようだ。王女殿下の働きかけで、国王陛下から君の家とスペンス侯爵家に王命が下ったんだ。一度、君たちの婚約を見直すようにって」

彼の説明に息を飲む。
たしかに、私が馬車から逃げ出した現場はまだ夜会の会場からそれほど離れていなかった。誰かに見られていてもおかしくはない・・・しかし王太子殿下に話がいくと言う事は、殿下に近い人だったのではないか・・・そう思って彼を見る。

しかし、こちらを真剣に見据えている彼の表情からはその真意は読み取れない。

彼の大きくて、固い手のひらが戸惑う私の肩を優しく包む。

「君とあいつの婚約はいったん解消された。だが、いつ奴がまた君や君の実家に圧力をかけるか分からない。だからこの隙に結婚して、君の実家ごと我が家の傘下に入れた方が良いのではないかと思うのだ。」


言い聞かせるように説明されて、私は唖然と彼を見上げる。

グランドリーの家であるスペンス侯爵家と我が家の関係が切れてしまえば、たちまち我が家の事業は立ち行かなくなる。確かに資金も市場も豊富に持つロブダート侯爵家が後ろ盾になってくれるのならば、それありがたい話で……父が心配いらないと言ったのはこういう事だったのかと理解する。



「でもあなたまで!」

そんな事をしたらグランドリーとスペンス侯爵家を間違いなく敵に回すどころか、この婚約取消しという不名誉なゴシップにロブダート侯爵家を巻き込むことになるのだ。

しかし私の言葉を彼は首を振って遮る。

「言っただろう、俺は優秀な妻が欲しい。そして俺が知る限り君ほど優秀な女性はいない。これは契約だ。俺は君に安心な生活を与える。代わりに君は我が家のためにその能力を提供してほしい」


契約という部分を、彼は強調するように言った。
王宮の庭園で、私に提案したあの話の続きだとでも言うようなその言葉に私はゴクリと唾を飲む。


彼は私の力を発揮する場所を与えてくれると言った。

それは私がずっと欲っしていたもので……。

そして、我が家を支えるのにも、グランドリーから身を守るにも最適で。


だけど本当にそんな事に彼を利用していいのだろうか?

そう思って見上げれば彼は大丈夫だとでも言うように力強く頷いてくれた。


大きく息を吐いて、私は彼の目をまっすぐ見上げた。


「わかったわ。その契約、結びましょう」
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