その溺愛、契約要項にありました?〜DV婚約者から逃れたら、とろ甘な新婚生活が待っていました〜

22 流れ!?

♢♢

無事に結婚式を終えて、今日から我が家となるロブダート邸に戻った。とはいえグランドリーに暴力を受けて保護されて以降、結局私は自宅へ戻ることなく、ここで過ごすこととなり、そのまま嫁入りになってしまったのだった。

私が自邸へ戻れば、グランドリーが無理やり押しかけてくる事もあるだろうという懸念からなのだろうと思っていたけれど、それが全てではないらしい。

どうやら世間では、怪我をして保護されている内に私とロブダート卿が真の恋に落ちてしまって、もう片時も離れたくなくなってしまったのだと噂が流れているらしいのだ。

どこからそんな印象操作が行われたのかは分からないが、王太子殿下の最側近で名門侯爵家の当主であり、身持ちが硬いと言われていたロブダート卿がそんな行動に出たこと自体が社交界をざわつかせているのだとか。

なんとなく、その辺は王太子殿下の周辺が面白がって広めているような気もするのだが、すでに人の耳に入ってしまった噂をどうこうする事はできない。


私に与えられた部屋は今朝までの客室とは違い、ロブダート卿のお部屋の続き間を与えられた。落ち着いたブルーを基調とした部屋は、私の希望通り落ち着いた雰囲気でまとめられている。驚くことにその隣には私専用の執務室まで用意されているのだ。


私、侯爵夫人になったのね。

こんなに万全に用意をされた上、結婚式を挙げた直後である。改めてその現実を他人事のようにぼんやりと噛みしめた。


しかしそれも長くは続かなかった。ドレスを脱がされた私は、メイドたちに囲まれてすぐさま風呂に連行されたのだった。

そこで、私の今日のこの後の仕事を思いだしたのだけれど……

いくらなんでも契約結婚だし、そんなことは起こらないでしょう?

湯船から出されて入念に香油を塗られながら、侍女たちの努力が無に帰すことを申し訳なく思ったところで、はたりと気が付いた。

あれ? そう言えば、その事については契約要項では一切触れていないわね?

あれ? どうなるの?

契約と言いながらも、実のところ私とロブダート卿の間で実際に契約書をしたためて交わしたと言うわけではないのだ。
というのも、夫婦と言うものは変化をして行くもので、その時最善だと思った事が、時を経ると最善ではなくなることも多いだろうという話になったのだ。
故に細かい規定は設けず3つの約束事だけを決めたのだ。

1、互いに互いの仕事を尊重し、時に助け合う事
2、不都合が起こった時には、二人できちんと冷静に話しあい、互いの意見を尊重しあい解決に向かう事
3、なるべく夕食は一緒に取り、意見交換する時間を作ること

まぁ要は、やるべき仕事を互いにきちんとこなして、後は臨機応変にしていこうねと言う事らしい。

互いにそれぞれの仕事に集中し、協力し合って、気持ちよく過ごせるようにしたいという彼の意見には賛成だった。
正直、最近の私は、ロブダート侯爵家のお仕事を少しずつ学び始めていて、こんなやりがいの有りそうな仕事に集中させてくれるなんて、なんてありがたい事なの! くらいにしか思っていなかったのだ。

そりゃあ確かにその内に跡取りを生まなければいけないかも……という考えはあった。けれども彼が最初に愛情は抜きにして考えてと言ったところをみると、いずれ彼が愛人を持ってその子供を養子にするのも有りなのかもしれない。

とりあえず、準備万端に整えられた私は、夫婦の寝室に押し込まれて、ぼんやりと彼がやってくるのを待った。

そうしてやってきた彼の姿を見て、私はぎょっとした。

私が着ている、いつもとは違う少し体の線が出易いナイトローブ……それと多分対になっているのだろう。同じ薄いブルーで艶のある生地のものを着た彼は、いつもよりずいぶんと露出が多くて、一応文官の類に入るくせにきちんと鍛えられた身体をしていた。


「流石に疲れたな」

「えぇ……」

部屋に入るなり、ランプの光を落とした彼が、ゆっくりと近づいて来る。

「どうした緊張してるのか?」

そう言って、私の隣に腰掛けた彼はこちらの顔色を伺うように覗き込んでくる。

できることならもう少し離れて欲しいと思う。しかし流石にそんな事は言えるはずもない。

慌てて、少しだけ顔を彼から背ける。契約の時にきちんと話し合っていないのなら、今この場こそがきちんとすり合わせる機会だろう。
ぎゅうっと寝巻きの生地を握りしめて、私は意を決して彼を見上げる。

「あの、そう言えば、こうした事は契約要項を話し合う時に擦り合わせなかったからどうしたものかと思って」


そう告げれば、彼はパチパチと意表を突かれたように瞬きをして、私を見下ろしていた。

「あぁそう言えばそうだったな……」

そう言って顎に手を当てて少し考える素振りを見せると、ゆっくりと私に向き直る。

「流れだろうな!」


「な、流れ?」
思いがけないざっくりとした言葉に、私は目を丸くして聞き返す。

勢い余って顔を上げると、その顎に手を添えられて、

彼の熱くて柔らかい唇が……重なった。

口づけはすぐに離れて……そして彼の瞳が真剣な眼差しで私を見下ろしていた。

顔に一気に熱が昇るのが分かった。だって……こんなことするなんて思いもしていなかったのだ。

それじゃあ……

困惑して見上げる私の頬にかかる髪を、彼の大きな手がゆったりと掻き上げて。

「流れだ」

刻みつけるように、もう一度同じことを言って。そしてまた唇が落ちてきた。



はじめは触れるだけの優しい口づけだった。私の髪を梳きながら……肩を引き寄せてゆったりと撫でながら何度も何度もついばむように口づけられて。

なんとなくそれに慣れてきた頃、呼吸を求めて開いた唇を押し開くように、彼の熱い舌が入ってきて、まるで中の全てを覚えるかのようにゆったりと這いまわる。

そうして最後には私の舌を捕らえて。ちゅるりと吸い上げられて。

「っ……ふぁ、っん」

自然と甘い声が漏れてしまった私は羞恥のあまり、ぎゅうっと、彼のローブの袷を握ってしまった。


いつの間にか、並んで座っていたはずなのに、私の身体は彼の膝の上に乗せられて、横抱きにされてしまっていて……逃げ場がない。


ちゅっと湿っぽい音を残して唇が離れて、私を熱っぽく見下ろす彼の瞳から目を離すことができなかった。


「どうする?」

どうするって、流れてみるか? ってことだろうか? そんなこと、私に聞かないでほしい。

しかし、契約でも夫婦となった以上、いずれは通らなければならない道でもある。……でも。

「っ、怖いわ……」

素直に思いを伝えれば、彼がふっと柔らかく微笑んで、前髪をかき上げると額に口付けを落とす。

「優しくする」

「んっ」

耳元で甘く熱くささやかれて、身を縮めると、くすりと彼が笑った気配がした。
< 22 / 108 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop