その溺愛、契約要項にありました?〜DV婚約者から逃れたら、とろ甘な新婚生活が待っていました〜

53 甘やかす日

♢♢
 なんだかよく分からない内に、溺れるように抱かれてしまい、いつしか気を失った私は、結局目を覚ました時も一糸纏わぬ姿で彼の腕の中にいた。

 同じように眠っていたらしい彼も同時に目覚めて、2人でしばしこの状況に照れあった。

 衣服を整えて階下に降りると、リビングルームに用意されていたお茶と昼食のセットを持って、庭に出た。

 朝方の少し曇り気味の天気とは打って変わって、日差しが出てきた湖は、水面がキラキラと輝いていて、それを眺めながら誰にも邪魔されず、2人で昼食をとる……それは良かったのだが。


「っ、あのっ……自分で食べられるわ?」

 困って見上げる私の言葉に、すぐ近くにある彼の瞳がすっと細めらる。

「だめだ、まだ、顔が疲れている」

 頑として譲らないと言うように言い切った彼が、手にしたサンドウィッチを、差し出してくる。

 私はそれを一瞥してもう一度彼を見上げるけれど、なんとも嬉しそうに頷かれて、おずおずと口を開ける。

 そうするとサンドウィッチを口の中に放り込まれてもぐもぐと咀嚼する。

 いったいどうして、こんなことになったのだろうか?
庭に出て食事を取り始める段になって、唐突に私は彼の膝の中に収められて、そして餌付けよろしく彼に甲斐甲斐しく食事の世話をされているのだ。

 なんでも無理をさせすぎてしまったから、私の体力温存のため……だそうだ。

 もう随分眠って休んだので大丈夫だと、何度も伝えたのだが、冒頭の理由で解放される兆しはない。

 そうであるならば、もう少し手加減してくれても良かったのに……そう思いながらも、さすがにそれを口に出すことは出来なかった。

 しかも、私の世話をする彼はなんだかとても楽しそうなのだ。
彼が世話好きなのは、私と結婚した経緯でも分かるけれど、先程の行為中の言葉といい、これではまるで愛されていると錯覚してしまいそうだ。

 アドリーヌ嬢に恥ずかしながらもヤキモチを妬いていた私に怒ることも呆れることもなく、「こういうことをするのは私だけだと」示すかのように抱いてくれたのだと私自身は理解している。

 おかげで朝まで燻っていた辛くて泣きたくなるような気持ちは、今私の中には1ミリもない。

「なんか、悪い事をしてる気分だわ」

 口に入れられたものを飲み下して、肩をすくめると背中越しに彼の低い笑い声が響く。


「たまにはね。妻を一日中甘やかして、愛でる休日も悪くないな。実はなかなか新婚旅行の時間が取れなくて、まだしばらくお預けだから、その間に一日くらい、いい想いをさせてくれと、クロードとアッシェルに無理を言ったんだ」

「え?」
 驚いて彼を見上げる。たしかに新婚旅行は多忙な彼のスケジュールの関係で未定となっていて、なんなら契約結婚だし、行かないまま断ち消えるのではないかとさえ思っていた。

 私の視線を受けた彼は、眉を下げて申し訳無さそうに微笑む。

「本当はもっときちんと時間をとって、ゆっくりしたかったけれど……ほら、忙しすぎて」

「たしかに、そうね」

「時間が取れるまで待とうかと思いもしたが、グズグズしているうちに子供が出来てしまったらさ」

少し言い淀む彼の言葉に、ドキリと胸が跳ねる。

「え、あぁ、確かに」

 さっきまでそれに繋がるような事をしていたのに、彼よりも私がぴんときていなかった。
たしかに、彼とはそれなりに肌を重ねている訳だし、そんな事がいつ起こってもおかしくはないのに。

「もちろん、余裕が出来たときにまだ妊娠していなければ、その時はまたじっくり考えて行こう。どこに行きたいか考えておいて」


「分かったわ」

 さらりと言う彼に、慌てて頷く。
彼にとって、私の妊娠は当然あり得ること思われていて、当人の私が全く意識していなかった事がおかしいのだけれど……

私が、彼の子供を産む……

 契約関係から始まった私達から、新しい命が産まれて育つのだ。
なんだかそれがとても不思議な事に思えてしまう。
私が、産んでいいのだろうか?

不意にそんな不安が、頭をよぎる。

思わず、彼の顔色を伺うように見上げると。

付け合わせのマリネを起用にフォークに巻き取った彼が、瞳を細めてひどく満足そうに差し出してきた。

されるがままにそれを口に運んでもらって咀嚼する。

多分彼ならきっと、喜んでこうして子供の世話もやくのかもしれない。


『君以外、あり得ない』

 行為の最中に彼が囁いた言葉。
今思うと幻聴だったのではないかと思う言葉。

 あの言葉は、妾はもつつもりが無くて、妻は私以外ありえないと言う事で、そうであるならば彼の子供を産むのも私以外はあり得ないと言う事だ。


もし、私に子供が出来なかったら……

 そこまで考えたところで、急に顎を掬われて上を向かされ、彼の瞳と視線がぶつかる。

「どうした? 急に難しい顔になったが」

「っ、大した事じゃないの! そのっ、子ども、出来たら事業の方どうしようかと思って!」

 慌てて首を振ってなんでも無いとアピールする。
そう、私の仕事は契約上、ロブダート侯爵家の事業の采配をする事、もし子供が産まれたらそこに手が回らない時期が出てくるはずで、それは彼としては困るのではないかと思ったのも事実だ。


 私の言葉に、彼が初めてそれに思い至ったと言うように「あぁ」と息を吐いた。

「それは、何とかなるさ! でも、確かにそうだな……母様の時はどうしたのだろうな? 今のうちにアッシェルに聞いてみて、いざと言う時のために準備はしておかないといけないな」

 
 そうつぶやいて、大丈夫だと言うように私の頭を優しく撫でて、頭頂部に唇を寄せた。
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