その溺愛、契約要項にありました?〜DV婚約者から逃れたら、とろ甘な新婚生活が待っていました〜

88 長い夜④

「それが、リドックの言う君との将来を誓い合ったという話……か?」

にわかに信じられないと言うような夫のつぶやきに、私は項垂れる。

「少なくとも、私の記憶の中で思うところはそれしかないわ。リドックとは同級生で確かに親しく話をすることもあったけれど、二人きりになって会話をしたことは、あの時くらいしかなかったはずよ」

自分には常にマルガーナが付いていたし、リドックの周りにも常に友人がいたから、あの日二人きりで話をしたことはとても珍しい出来事だったように記憶している。

私の言葉に彼は考え込むような顔でしばらく黙り込む。

「いや……なんとなく、繋がるような気もするな」

徐にぽつりとつぶやいた彼は、ゆっくりと背もたれに背を預けて大きく息をついた。


「つながる?」

問うように彼を見上げると、彼の少しだけ温かくなった長い指が私の頬を撫でる。

「実は色々な方面から、リドックがいずれはこちらに戻ってきて、兄を蹴落として君を救い出す。それを君も望んでいる……と言うような内容の話を卒業間近の頃、周囲に話していたという話を聞いたんだ。それが君側の人間だったり、リドック側の人間からの証言だったりしたから、かなり信ぴょう性が高い話だと思っていたんだ」

「そんな頃から? 卒業間近って、彼は留学が決まっていたはず……」

あんな学生の頃、すでに彼は……
驚いて言葉を失う私に、彼が「そうだね」と呟いて、なだめるように表情をやわらげた。

「俺は実際、リドックがスペンス家でどのような扱いを受けていたまでは知らないが、随分不遇な幼少期を送ったであろうことは想像がつく。きっと彼はそんな中で、あの家を早く出る事より、自分をそのように扱った家族にどのように仕返しをするか……そんな事を考えていたのかもしれないな。だから、自分がスペンス家で事業を始めるというのは、彼の中ではすでに兄を排除することが前提での話だった。だが、普通に愛されてそんな私怨や不遇からほど遠い環境で育った君にはそんなこと想像もつかなかった。現にリドックとグランドリーが和解するのだと君は思っていた」

彼の言葉に、混乱していた私の頭の中がするすると紐解けていく。
「兄弟で蹴落とし合うなんてことも、そしてその後、兄の婚約者を自身の婚約者に挿げ替えようなんて発想、まだ年若い少女に理解しろと言う方がおかしな話だよ。彼にとっては、復讐することが普通。君にとっては争いごとをせず、兄弟で支え合うのが普通。お互いの育った環境や置かれた環境が違い過ぎてそれぞれ違った解釈をしたのだろうな」

君もリドックもどちらも間違ってはいない

そう言った彼の言葉に、私は手を握りしめる。

「誤解を解かなきゃ……どこかでリドックに会って、あの時の話をして、そして謝らないと」

もし、あの時私が軽はずみに返事なんてしなければ、リドックはこちらに戻って家の跡を継ぐことなどしなかっただろう。
あんな辛い家に、再び戻ったのが、私のせいだなんて。

「大丈夫だ」

彼の手が私の手を握って、そして額に頬を寄せるように包み込む。
ゆったりとなだめるように背を撫でる。
「まずは、俺から話をするよ。それで、君からも話をする場を設けるようにする」

彼の言葉に私は弾かれたように顔を上げる。

「そんな……だって今すごく忙しいのに、こんな事であなたの手を煩わせるなんて事!」

私が一人でリドックの元を訪れて、きちんと誤解を解けばいいのではないか、偶然にもリドックの契約している弁護士事務所を知る機会があったのだから、そちらを利用したらいいのだ、寝る間がないほど忙しい彼に無理をさせたくはなかった。

しかし、彼はすぐに首を横に振ってなだめるように私の背中を撫でる。

「もとはと言えば、俺に彼が持ち込んで来た話だ。そして俺は今日その話を切り上げて一度君の意思を聞いてから連絡すると約束してきた。俺なりの返答をしたうえで、当人者同士で合う場を作りたい。もちろんその時は俺も同席する」

彼の言葉に私は口を噤むしかなかった。
確かに、リドックとは彼がこちらに戻ってきてから3度ほど顔を合わせたけれど、その中であの約束の話をされた事はなかった。
いったいなぜ当事者の私ではなく夫である彼にまず話を持って行ったのか……確かに解せない。

「そう言う事なら分かったわ。お任せする……」

頷いて彼を見上げれば彼は少し安堵したように微笑んで私の髪を撫でた。






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