その溺愛、契約要項にありました?〜DV婚約者から逃れたら、とろ甘な新婚生活が待っていました〜

92 話し合い②【ラッセル視点】


リドックの事業を担当する弁護士の事務所を訪ねると、すぐにあの初老の男が迎えに出てきて、応接用の部屋に案内される。
室内に入れば、そこにはリドックと彼の顧問弁護士だと名乗る中年の男性が待ち構えていた。

こちらは、俺とリドックの動向を探らせていたダルトンを伴って入室した。

そして始まった話し合いだが、まずはこちらから先日リドックと話をした後のティアナとのやり取りを説明し、それが二人の間でできた齟齬によるものだという説明をした。ここまで来たところで、リドックにティアナの手紙を手渡そうと、思ったのだが、その隙に彼が大きなため息を吐いた。

「全ては俺の勘違いだと……あなたは本当に真実をティアナに告げたのですか?」
納得がいかないという様子でこちらを睨みつけるリドックに、俺は努めて冷静に頷く。

「彼女もその時の事を記憶していた。そこに君の解釈と要望を伝えれば、おのずと君の言う真実になるはずだ。俺に何を誤魔化せる?」

俺の言葉に、リドックが息をのみ、しかしやはり納得がいかないと言うように眉を寄せている。

「こちらはティアナからの手紙です。俺の言葉だけでは信じられないだろうと……彼女がしたためました」

そう言って彼の前に、封筒を差し出せば、彼はまだ何かを疑ったように俺を見つめながら、封筒を開いて読み始め。そして読み終わったものを隣に座った弁護士に手渡す。

「まず筆跡の鑑定をさせていただく。我が家には彼女が書いたものがいくつか残っているからね」

こちらの反応を窺うようにそう告げられて、俺はゆっくり頷く。

「それは構わない。しかし、そこにあるように、ティアナ本人があなたと話をする機会を作りたいと言っている。直接本人と話しをする方が納得できるのではないか?」

「どうせ…ティアナはあなたに丸め込まれているのだろう? 結婚した時と同様に! そんな状況の彼女と話をして何になる!!」

ダンッ! と大きなテーブルを叩く音と共に、リドックが立ち上がり俺を睨みつける。その瞳には先日まで飄々として見せていたあの色は無い。
代わりに向けられたのは、燃えるような怒りに燃える鋭い瞳だった……それはまるで、彼が毛嫌いするあの兄が癇癪を起しながら、睨みつけて来たそれと酷似している。

その瞬間俺の脳裏に思い浮かんだのは、この男のそんな瞳を見て怯えるティアナの姿だった。
ダメだ。今の状態の彼にティアナは合わせられない。

「では、何ならご納得いただけるのだろうか? それを示して欲しい。こちらはできる限りの努力は尽くしたいと思っている」
静かにそう告げて、リドックの隣の弁護士を見れば、流石にこうした事に慣れているらしく、全く動じた風もなく、頷いている。
この件は法的にどうにかできる事ではなく、本来ならば弁護士を同席させる必要などないのだが、どうやらリドックはティアナが自分のもとに来るだろうという事を疑ってもいなかったらしい。恐らく俺とティアナの離縁の手続きや、自身との婚姻、そして今後の両家の関係や話の内容の口外に関する誓約書などを準備していたらしい。
ここまで来ると、少しばかり彼の思いこみが常軌を逸しているような気さえしてくる。

しかし冷静な話ができる人間があちら側にきちんといてくれるのはこちらとしてもありがたい。
俺はリドックではなく、弁護士の方に向き直る。

「そちらがご納得いただける条件を上げてこちらに要望書として出していただけるか? こちらはそれにきちんと答えたい。しかし、妻は彼の兄君からひどい仕打ちを受けた過去がある。今の彼の激高ぶりをみていると、フラッシュバックが起きないか心配だ。彼がこの様子であるなら、妻を面会に連れてくることはできない」

「っ! 俺をあいつと一緒にするな ‼︎」
俺の言葉に、リドックが苛立ちをあらわに声を上げる。部屋の中にテーブルを叩く音が再度響いた。

苛立ちと、憎しみのような感情を映したその瞳を、どこか懐かしい思いで見返す。

「ならば、まずは冷静に考えろ。今の君の顔は、兄上そのものだぞ? そんな男の元にティアナが行きたがると思うか? グランドリーを心の底から軽蔑していたのだろう、そうであるなら同じ程度に成り下がるな!」

しっかりと彼の眼を見据えて、静かに告げる。
同時に弁護士が落ち着かせるように彼のジャケットの裾を引いた。

「っ……」
一度怒りの表情のまま弁護士を見返したリドックは、どうやらそこで少し頭が冷えたらしい。
そのまま椅子に座ると黙り込んでしまった。

「一度、こちらで要望を精査して、ご連絡させていただきます」

そう締めくくった弁護士の言葉にうなずいて、俺は席を立った。
帰りも、あの初老の従者が見送りに出て来て、俺はその弁護士の事務所を後にした。
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