その溺愛、契約要項にありました?〜DV婚約者から逃れたら、とろ甘な新婚生活が待っていました〜

94 最優先事項 【ラッセル視点】

「おかえりなさい。どうだった?」

帰宅して、彼女の執務室を覗くと本に視線を落としていたティアナが弾かれたように立ち上がり、近づいて来る。

そんなに急いだら転んでしまうよ……と苦笑して、彼女の手を取ると、俺の顔を覗き込んだ彼女の顔が曇る。

「難航したの?」

気遣うような視線に、俺は軽く笑って肩を竦める。

「お茶にしましょう」

泣き出しそうな顔でそう言った彼女に手を引かれ、隣室に渡ると、すでにマルガーナがお茶の用意をして待っていたらしい。
二人で並んで座り、メイドたちがお茶の用意を済ませて退室するまでの間、彼女はとても不安そうな顔をしていた。

「結論から言って、リドックは納得できないみたいだった」

メイド達の退室を見送って、ティアナの手を握ったままそう告げると、彼女は目を伏せる。
「そうよね……あまりにもあの時の私の考え方は甘すぎるものね」

「いや、そうではないんだ。それ以前に、リドックは俺が君にそう言うように仕向けているのではないかと、君が本心を伝えられない状況にあるのではないかと、まずはそこを疑っているようだ」

「え?」
意味が分からないと言うように眉を寄せるティアナに、俺は首を振る。

「リドックの中では、君は俺に丸め込まれて、契約結婚することになってしまて、そして今回も俺に丸め込まれてリドックの元に行かないと言っているのではないか。というのがどうやら彼の主張のようだ。君と過去に齟齬があったかどうかという事には、特段こだわる様子はなかったが、あまりにも感情的になり過ぎて、まだそこまで見えていなかったのかもしれない。とにかく納得いかないとの一点張りだったから、ではどうしたら納得できるのか、それを開示するようにと伝えて帰って来たよ。数日中に、彼の弁護士から連絡が来るはずだ」

「私の本心ではないと、彼は疑っているのね? 手紙は?」

「渡したけれど、それすら信用できないらしくてね、筆跡鑑定で間違いなく君のものかを調べると言っていた」

「そこまで⁉︎」
驚愕する彼女を落ち着かせるようにその背を撫でると、彼女は一度お茶に口を付けて、小さく息を吐いた。

「私が直接話をした方がよさそうね……」
意を決したように呟いた、その言葉に俺は「いや……」と首を振る。
この話を聞いたら、彼女は絶対にそう言うだろうと、分かってはいた。

「随分と興奮して激高していた。あまり君に思い出しては欲しくない……あの男を彷彿させるような様子だったから、正直あんな状況の彼には君を合わせたくはない」

俺の言わんとしている事を正確に理解した彼女が、「でも……」と呟き、その表情がみるみる怯えた様子に変わっていく。

あぁ、思い出してしまったか……やはり、対面させられないという判断は正しいのだと、確信すると共に、彼女の身体を抱き寄せる。

「君の恐怖心を煽るような態度が改まらない限り、君を合わせることはできないと伝えてある。もし彼が改めたからと言って会う事になっても必ず俺も同席する。大丈夫だ」

何よりも大切なのはティアナを守る事だ。
それは彼女を、恐らく愛しているであろうリドックも同じで、次に対峙する時には態度を改めているはずだ。
そうでなければもう、話し合う余地などない。

俺がどんな汚い手を使ってティアナを結婚に丸め込んだかと、吹聴されても俺は、ティアナの心だけは絶対に守ると決めている。
もう、あの晩みたいに、怯えて震えるあんな姿を見たくないから。
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