その溺愛、契約要項にありました?〜DV婚約者から逃れたら、とろ甘な新婚生活が待っていました〜

95 寝顔

♢♢
久しぶりに彼と過ごす休日を待ち望んでいたはずだったのに、その日1日中、私の頭の中を支配していたのはリドックの事ばかりだった。


何をどう思い返しても、私とリドックの間には将来を約束するような親密さはなかったつもりだ。


とにかく任せて欲しいと彼には言われたけれど、もとはと言えば私が蒔いてしまった種であり、結局は当事者同士で話しをした方がいいのではないか、彼はただ巻き込まれただけなのに矢面に立たされているのがとことん申し訳ない。

ただでさえ忙しいのに……結局は私の事で足を引っ張るような事をしてしまっている。

これでは、彼の望んだパートナーとしては失格だろう。

事業も大きな成果を出せず、トラブル持ち……

今頃私と契約をした事を後悔しているのではないか……

そんな思いが、頭の中をぐるぐる回り、更に悪循環を生んでいた。

「はぁっ」

大きく息を吐いて、背もたれに身体を預けると天を仰ぐ。

「休憩なさいますか?」

側で書類の整理をしていたエイミーが気遣うように聞いてくるので、首を横に振って答える。
ここ数日、日中は常に私と共にいる彼女はすでに私の様子がおかしな事に気が付いていて、何か言いたげにしながら困ったように見守っている。

実際、業務は滞りなく進んでいるものの、所々でいつもはしないような小さなミスをしていて、彼女に指摘させてしまっているのだ。
こんなんではダメなのに……迷惑をかけている分きちんと自分の役目を果たさねばならないのに……

そう焦れば焦るほど、集中力が続かない。

そんな自分に自己嫌悪を覚えながら、それでも半ばやけになった状態で仕事を片付け、その上専門的な事をきちんと学ぶために指導役も手配してもらう事にしたのだ。

すこし詰め込み過ぎている感は否定できないものの、このまま彼の足を引っ張る存在にはなりたくなかった。

夫によればリドック側からの返答は数日経った今もないらしい。

「ここまでの経緯を思えば、早めに動いて来そうなものだが。もしかしたら君の所に直接来るかもしれないから、気を付けて欲しい」
そう言われて、ダルトンという、随分無口で屈強な護衛が付くことになったくらいで、私の身の回りの事には全く変化がない。

結局この日も、いくつかの小さなミスに少しばかりの時間を取られて執務を終えると、夕食まで少し時間があるからと、渋い顔をするクロードに無理を言って夫が処理できていない分の書類に目を通すことにした。

あれから彼の仕事も少しは落ち着いて来たのか、顔を見られずに眠る日は少なくなった。それでも夜遅くまで家の方の決裁文書に目を通したり、クロードとなにやら相談したりと、忙しそうであることには変わりない。

少しでも、休む時間が長く取れたら……

そんな事を思いながら黙々と作業を続けていて、いつの間にかうたた寝をしてしまった私は、帰宅した夫によって抱き上げられて目を覚ました。

「あぁ、起こしてしまったか」

突然の浮遊感に驚いて目を開くと、申し訳なさそうな彼の顔が目の前にあって、軽く心臓が飛び出そうになるほどには驚いた。
まさか寝顔をこんなに至近距離で! 慌てて両手で顔を隠すと、彼は私を運びながらクスクスと笑う。

「今更だよ? 最近まで毎晩のように君の寝顔しか見られない日が続いていたのだから。今日も起きている顔が見られてよかった」

「っ……それでも恥ずかしいものは恥ずかしいわ」

だからあまり見ないで! と身を捩ると、また彼は可笑しそうに笑って、ちょうどそのタイミングで私は寝室に運び込まれた。

多分彼は眠ってしまった私をベッドに運ぼうとしていたのだろうけど、どうやら目的地を変更したらしく、そのまま窓辺のソファーに私を下ろすと、上からゆっくり覆いかぶさり口づけを落とした。

漆黒の瞳が至近距離で私をじっと見下ろして、そして大きな手が壊れ物を扱うように頬を撫でる。

「少し、疲れているな。なんだか無理をしているのではないかとエイミーが心配していたと、クロードが言っていたよ」

「このところ仕事に慣れてきたせいか、小さなミスが多くて……少し自分が嫌になっているだけなの。なんとか取り戻したくて意図的に少し仕事を詰めているのはあるかも……でも決して無理はしていないのよ?」

「それならいいが、食事もあまり進んでいないと聞くし、少し休む日や時間を増やしたらどうだ? 勉強も始めたのだろう?」

大丈夫という私の言葉にどこか釈然としない顔をする彼に私はそうね……と笑う。

「あなたが一緒に食事をしてくれて、一緒に眠ってくれるなら、そうしようかしら? あなた私と比べ物にならないくらい不健康な生活をしているの知ってる?」
遅い時間の帰宅となれば、夕食は軽食で済ますし、睡眠時間だってかなり短い。私の生活で体調を崩すのなら、彼の生活では死んでしまいかねない。
私の皮肉交じりのおねだりに彼は、一瞬面食らった顔をして、すぐに眉を下げて笑った。

「確かにそうだ……だが俺とティアナでは体力が違うからね。まぁ、でも君がそう言うなら今日はゆっくりお腹いっぱい食べて、ベッドでゆっくり過ごそうか?」

そう言って、チュッともう一度私の唇に口付けて、その漆黒の瞳に不敵な色を宿した。

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