執愛音感~そのメロディは溺愛不可避~
「響子さん、響子さんだ……! 会いたかったです!」
「うわわ、人の目があるので勘弁してください」

金曜日はすぐにやってきた。
待ち合わせ場所の連絡があったにも関わらず、結局会社までやってきた柾樹は、響子の姿を見るなり駆け寄って力強く抱きしめてきた。
ほのかに甘いコロンが香る。響子の好む香りだったのは偶然だろうか。
すぐに腕の力は弱められたものの、背を丸めて寄せられた顔に彼の意図するものを察知して、慌てて手のひらでガードする。
会社の正面なのだ。
この一週間、柾樹が来ているのではないかとハラハラしながら退社していた緊張が緩んだ途端にこれだ。

力任せに押しのければあっさりと退いた体に本気ではなかったことを悟りつつ、念の為に柾樹から距離を取った。
身知った社員がいないことを確認しつつ、駅へと歩き出す。しかし、柾樹に肩を抱かれてせっかく開いた距離が再びゼロになった。

「っわ! 高階さん、お願いだから人の目を気にして……」
「すみません、でもどこへ行くつもりです?」
「え、まずは駅に……」
「車を用意したと、昨日お伝えしましたが」

噛み合わない会話に一瞬呆けた響子だが、すぐに持ち直してスマホをチェックする。
連絡先を交換してからというもの、事ある毎……否、何事もなくとも柾樹からのメッセージが押し寄せていた。
トーク履歴を埋めつくすメッセージ、スタンプや写真を一気にスクロールして目当ての箇所にたどり着く。

「…………“お車でお迎えに上がります。何かあれば連絡くださいね”」
「ほら、ね?」

響子が読み上げた画面を一緒に覗き込んだ柾樹が吐息だけで笑う。既読はついていたものの、その下から湧き出てくる業務日誌並のメッセージで押し流されていた。
正直言って、返信した記憶がまったくない。それでもなお、これだけの量を送り続けている柾樹の根性と執念に薄ら寒いものを覚える。
ここで腕などさすろうものなら、彼の上着にぐるぐる巻かれそうだったので耐え忍んだ。

「さて、参りましょう。響子さん」

車種には詳しくないものの、どう控えめに見ても社用車とは桁が違いそうな洗練されたシルエットの車が横付けされる。
開いたドアに誘われて、傍らの柾樹を見上げれば、エスコートを待っていると勘違いされて、手を取られた。
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