続・泣き虫の凛ちゃんがヤクザになっていた2

3話

「生姜焼き弁当ですか?」

 私はカウンターの前に立っている中年の男性客に向かって尋ねた。
 男性客は細身で、少し頬がこけているが穏やかな顔立ちをしており、黒縁眼鏡と紺色のスーツを身に着けている。
 私はこの人を見ると、いつも中学生時代の理科の先生を思い出す。
 彼は三か月前くらいから週に一回のペースで来店し、いつも生姜焼き弁当を買っていく。

「あははっ、もうすっかり顔を覚えられちゃいましたね」
 男性客は照れくさそうに笑いながら、襟足を()く。

「生姜焼き、お好きなんですか?」
「ええ、子供の頃からの好物なんです」
 男性客は会計を済ませて商品を受け取ると、軽く会釈をして私に背を向ける。

「幸希ちゃーん!会いに来たよー!」
 すると、彫師の和住(わずみ)さんが満面の笑みを浮かべながら、店の扉を開けた。
 
 和住さんはもうすっかり常連客の一人になっている。
 フットワークの軽い和住さんは、他のカタギの常連客に対しても普通に話しかけたりする。
 入れ墨とピアスだらけの彼の風貌に対して、他の常連客は初めこそ驚いていた。しかし、和住さんの人懐っこい性格のおかげなのか、今では他の常連客のほうから彼に話しかけたりする。
 野中さんも、よく和住さんと店先で立ち話をしている。

 和住さんは店内に入ると、目の前の男性客を見て、ギョッとした表情を浮かべる。
 男性客はすれ違いざまに、和住さんに向かって会釈をして、外へ出て行った。
 和住さんは男性客の後ろ姿をしばらく見守った後、小走りで私の方へ駆け寄ってきた。

「い、今の人、よくここに来るの!?」
 和住さんは私に顔を近づけながら、小声で問いかけてくる。
「ええ、はい。週に一回くらい来られますけど……。もしかして、お知り合いですか?」
「知り合いっていうか……」
 和住さんは困ったように眉を下げながら、腕組みをする。

「――あの人、反田組の幹部だよ」

 私は一瞬、和住さんの言葉の意味が理解できなかった。
 数秒の間、私の思考は止まった。

「えぇっ!!?」

 私の間抜けな声が店中に響き渡った。
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