婚約破棄されたら「血みどろ騎士」に求婚されました
彼の低い声はひどく静かだったのに、車輪の転がる音をふっと遠ざけてしまう力があった。併せて投げかけられた視線もまた、やわらかな糸でアニスの全身を戒めるような錯覚を抱かせる。
その言葉が演劇の登場人物のことなのか、はたまたルディ自身のことなのか図りかねたアニスは、熱を帯びた指先をきゅっと丸めた。
「……きっと、ローザリンデは、困ってしまいます」
「だろうな。その場では毅然として断るだろうが、心優しい彼女は罪悪感に苛まれる。そして愛する婚約者の前であっても、ふとした瞬間に王子のことを思い出すんだ」
馬車の横揺れで、互いの膝が軽く当たる。過剰に反応してしまったアニスが顔を伏せると、ルディは喉を鳴らして笑った。
「そうやって、ずっと俺のことを考えさせてやれば良かった」
彼の声は甘くて、そしてどこか嗜虐的でもあった。揶揄われているのかと思って恐る恐る睫毛を持ち上げてみたアニスは、すぐさまそれが愚かな勘違いであることに気付く。
ルディは口元に笑みを湛えて、アニスを見詰めていた。しかしその少しばかり眇めた瞳には、獲物を狙う獣のような鋭い眼光が宿っている。
ぞくりと背筋に震えが走り、いろいろと限界に達したアニスは両手で顔を覆ってしまった。
「……っロ、ローザリンデのお話ではなかったのですか?」
「ああ、そうだな、すまない。観劇など子供のとき以来だったが、意外と感情移入するタイプだったみたいだ」
白々しく笑ったルディに、アニスはちょっとばかし対抗意識のようなものが芽生え、ぽそりと告げる。
「わ、わたくし、もうルディ様のことを、考えております」
「え?」
「誕生祭の日から、ずっと。初めは戸惑いばかりでしたが、最近は、その……お手紙の内容とか、お花とか……ルディ様が今何をしていらっしゃるのかとか、気になってしまって」
ルディが目を丸くして固まっていることなど全く気付かないまま、アニスはもじもじと自分の指先を見ながら続けた。
「それからルディ様は王子と一緒と仰いましたが、わたくしはルディ様が暴漢にやられてしまう光景が想像できませんわ。ルディ様なら刺される前に相手の首を」
「おっと待て待て過去に物騒な真似をしたのは俺だがそれ以上は」
あっと口を押さえたのも束の間、馬車が大きく揺れる。車輪に石でも引っかかったのだろうかと思う暇もなく、何も身構えていなかったアニスの体が座席から浮いた。
正面にいたルディの胸に飛び込むような形になってしまい、アニスは内心で悲鳴を上げる。慌てて座席に座り直そうとしたが、それよりも早く彼の腕がアニスを捕まえてしまった。
「大丈夫か?」
「あ、は、はい! ごめんなさい、すぐ退きます」
離れようとすれば、ぎゅっと更に強く抱きしめられる。背中や腰をがっちりと抱く太い腕と、頬に押し付けられる逞しい胸板に、逃げ場のないアニスは目を回した。
「ルディ様っ? あの」
「アニス。先程の言葉は本当か?」
頭上から、何やら深いため息が聞こえてくる。抱き締められたまま顔を上向けてみれば、ルディが片手で自分の顔を覆っていた。
その言葉が演劇の登場人物のことなのか、はたまたルディ自身のことなのか図りかねたアニスは、熱を帯びた指先をきゅっと丸めた。
「……きっと、ローザリンデは、困ってしまいます」
「だろうな。その場では毅然として断るだろうが、心優しい彼女は罪悪感に苛まれる。そして愛する婚約者の前であっても、ふとした瞬間に王子のことを思い出すんだ」
馬車の横揺れで、互いの膝が軽く当たる。過剰に反応してしまったアニスが顔を伏せると、ルディは喉を鳴らして笑った。
「そうやって、ずっと俺のことを考えさせてやれば良かった」
彼の声は甘くて、そしてどこか嗜虐的でもあった。揶揄われているのかと思って恐る恐る睫毛を持ち上げてみたアニスは、すぐさまそれが愚かな勘違いであることに気付く。
ルディは口元に笑みを湛えて、アニスを見詰めていた。しかしその少しばかり眇めた瞳には、獲物を狙う獣のような鋭い眼光が宿っている。
ぞくりと背筋に震えが走り、いろいろと限界に達したアニスは両手で顔を覆ってしまった。
「……っロ、ローザリンデのお話ではなかったのですか?」
「ああ、そうだな、すまない。観劇など子供のとき以来だったが、意外と感情移入するタイプだったみたいだ」
白々しく笑ったルディに、アニスはちょっとばかし対抗意識のようなものが芽生え、ぽそりと告げる。
「わ、わたくし、もうルディ様のことを、考えております」
「え?」
「誕生祭の日から、ずっと。初めは戸惑いばかりでしたが、最近は、その……お手紙の内容とか、お花とか……ルディ様が今何をしていらっしゃるのかとか、気になってしまって」
ルディが目を丸くして固まっていることなど全く気付かないまま、アニスはもじもじと自分の指先を見ながら続けた。
「それからルディ様は王子と一緒と仰いましたが、わたくしはルディ様が暴漢にやられてしまう光景が想像できませんわ。ルディ様なら刺される前に相手の首を」
「おっと待て待て過去に物騒な真似をしたのは俺だがそれ以上は」
あっと口を押さえたのも束の間、馬車が大きく揺れる。車輪に石でも引っかかったのだろうかと思う暇もなく、何も身構えていなかったアニスの体が座席から浮いた。
正面にいたルディの胸に飛び込むような形になってしまい、アニスは内心で悲鳴を上げる。慌てて座席に座り直そうとしたが、それよりも早く彼の腕がアニスを捕まえてしまった。
「大丈夫か?」
「あ、は、はい! ごめんなさい、すぐ退きます」
離れようとすれば、ぎゅっと更に強く抱きしめられる。背中や腰をがっちりと抱く太い腕と、頬に押し付けられる逞しい胸板に、逃げ場のないアニスは目を回した。
「ルディ様っ? あの」
「アニス。先程の言葉は本当か?」
頭上から、何やら深いため息が聞こえてくる。抱き締められたまま顔を上向けてみれば、ルディが片手で自分の顔を覆っていた。