婚約破棄されたら「血みどろ騎士」に求婚されました


「辺境伯様との縁談を、進めていただきたいです」

 アニスの言葉に父は瞬きを繰り返した後、にこりと目尻を下げて笑った。
 昼間の執務室に爽やかな風が入り込み、父は書類にペーパーウェイトを置きつつ言う。

「近頃とても楽しそうだったから、そろそろかと思っていたよ」
「そ、そんなに分かりやすかったでしょうか」
「ああ。王子殿下の婚約者だった頃よりは遥かに」

 アニスが自分の浮かれ具合を恥じる一方で、娘の顔つきを見ていた父はどこか申し訳なさそうな笑みを浮かべた。

「……すまないな、アニス。私たちは、お前の頑張りに少し甘えすぎていたようだ」
「え……」
「厳しい王太子妃教育で全く音を上げなかったお前なら、立派な国母になれるだろうと、本気で思っていたのだよ。……お前だって一人の人間で、私たちの娘なのに、弱音を吐かせてやることができなかった」
「……お父様」

 父の謝罪に、アニスはゆるゆると首を振る。
 アニスが幼い頃、ひたすら勉強に打ち込んでこられたのは家族がいたからだ。父の言う通り、子供らしく甘やかしてもらったことは確かになかったが、頭ごなしに叱られることも絶対になかった。
 王宮で学んだ宮廷作法をアニスが披露すれば、立派なレディだと褒めてくれた。領地経営のことで助言をしてみれば、対等な立場で議論を交わしてくれた。
 王太子妃として、一人の人間としての自信を持たせてくれたのは、まぎれもなく父だったのだから。

「わたくし、お父様のことをとても尊敬しています。大好きです」

 淑女の微笑ではなく、心からの笑みで伝える。
 すると父が急に号泣してしまい、公爵邸はちょっとした騒ぎになった。
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