婚約破棄されたら「血みどろ騎士」に求婚されました
「アニス……!」
「……王子殿下」

 彼の足がこちらへ向いた瞬間、アニスはドレスの裾を持ち深く首を垂れる。それが「婚約者」ではなく「臣下」の取る礼だと、パトリックもすぐに気付いたのだろう。もどかしさと悔しさを滲ませながら、ぐっと唇を噛んで彼が言う。

「……少し、話がしたい。できれば二人で」

 その申し出にアニスは逡巡の末、心配そうに眉を下げるシアを振り返った。

「席を外してくれる?」
「ですがお嬢様」
「大丈夫だから」

 王太子の資格をはく奪されたと言えども、相手は王族だ。彼の意思に逆らってメイドがこの場に居座ることは許されない。それはシア自身もよく分かっているらしく、後ろ髪を引かれる様子で王宮の方へと遠ざかってゆく。
 シアを見送ってから顔の向きを戻せば、その間ずっとこちらを見ていたパトリックと視線がかち合った。

「……アニス」
「恐れながら、殿下。わたくしのことは公爵令嬢と」
「いいや、君はアニスだ。幼い頃からずっとそう呼んできた」

 パトリックが頑として呼び方を変えないことを悟り、アニスは小さくため息をつく。こうと決めたら決意を曲げない性格は今に始まったことではないので、深く追及はしなかった。

「では、どのようなご用件でしょうか。わたくしと殿下の婚約解消につきましては、既にお話が終了したと認識しておりますが」
「僕は……何も話してないじゃないか」
「……? 殿下が仰ったはずです。わたくしとの婚約を撤回し、ご自身はエブリン嬢とご結婚されると」
「だから」

 パトリックは形の良い眉がぐしゃりと歪ませ、苛立ちを露わに額を押さえる。そうして何かを堪えるように息を吐きだすと、黄金の瞳にアニスが見たことのない鋭い光が宿った。

「僕の伴侶は昔も今も、アニスだけだ」
「え……」
「ずっと、ずっと君だけを見てきたのに。君に相応しい男になるために、ずっと……! でも君は一度だって僕の方を見なかった!」

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