婚約破棄されたら「血みどろ騎士」に求婚されました
「──いくら待っても謝罪の言葉が出てこないな」
「あっ」
いきなり腹に腕が回され、包み込むような強さで後ろへと引き込まれる。
突然のことに目を丸くしたのも束の間、呆気なく解放された手もすかさず絡め取られ、アニスはすっかり慣れてしまった体温に頬を赤らめた。
おずおずと後ろを振り仰いでみれば、案の定そこにはルディがいた。彼は些か不機嫌そうな顔だったが、アニスと目が合えば柔らかく微笑んでくれる。
「ルディ様」
「アニス。貴女のメイドが汗だくで走ってきたから何事かと思ったよ」
「あ……シ、シアがご無礼を」
「いいや、彼女には特別手当を与えてやらなくては」
ルディは黒曜の瞳を細めて笑うと、自然な仕草でアニスのこめかみにキスを落とした。たったそれだけで茹で上がってしまったアニスは、人前に晒していいものではないと慌ただしく扇を取り出しては顔を隠す。
彼女の忙しない動きにルディがくつくつと肩を揺らす一方で、パトリックは唖然とした面持ちで立ち尽くしていた。
「さて。誕生祭以来ですね、パトリック王子」
「……辺境伯」
「心優しい彼女が根気よく王子のお話に付き合っているものだから、俺もしばらく大人しくしていたんですが──相変わらず、子供っぽいことで」
「る、ルディ様!?」
火照った頬が急激に冷えた。今度は真っ青になって狼狽え始めたアニスを深く抱きすくめ、ルディは安心させるようにその肩を摩る。
「人の心を欲するなら積極的に働きかけるべきだと、前に申し上げたはずなんですがね。どうしてこうも追い詰めることばかりなさるのか」
「……っお前には分からないだろう! 何もかもに恵まれたお前にはっ……」
「恵まれてたのは王子でしたよ。高い地位に質の良い教育、戦とも無縁な王都での穏やかな暮らし。更には素敵な女性を婚約者に宛てがわれていたじゃないですか」
これのどこが恵まれていないのかと尋ねるルディに、パトリックは何も答えられなかった。
そのやり取りは王族と臣下というには距離が近く、しかし決して良好なものでもない。アニスが不思議に思いつつも口を挟まずにいると、頭上から深いため息が聞こえてくる。
「王子。アニスを傷付け、手放したのは貴方です。なのに今さら『戻ってきてくれ』は無しでしょう」
「だが僕はアニス以外……」
「アニス以外考えられないなら、彼女を試すような愚かな真似はすべきじゃなかった。そのせいで何もかもを失ったのだと、まだお分かりになりませんか」
アニスにはついぞ向けたことのない、厳しい声音だった。
再び閉口してしまったパトリックは今にも泣き出しそうな顔をしていたが、アニスは既に彼を慰める立場にない。出来ることはせいぜい彼の矜恃を守るため、そっと視線を外しておくことぐらいだった。
「アニスに謝罪をするわけでもないのなら、時間の無駄ですので。これで失礼いたします」
行こう、と小さく囁かれ、アニスは静かに頷く。
差し出されたルディの手を取った彼女は、後ろから聞こえたパトリックの呼び声に応えることはせず、庭園を後にした。
「あっ」
いきなり腹に腕が回され、包み込むような強さで後ろへと引き込まれる。
突然のことに目を丸くしたのも束の間、呆気なく解放された手もすかさず絡め取られ、アニスはすっかり慣れてしまった体温に頬を赤らめた。
おずおずと後ろを振り仰いでみれば、案の定そこにはルディがいた。彼は些か不機嫌そうな顔だったが、アニスと目が合えば柔らかく微笑んでくれる。
「ルディ様」
「アニス。貴女のメイドが汗だくで走ってきたから何事かと思ったよ」
「あ……シ、シアがご無礼を」
「いいや、彼女には特別手当を与えてやらなくては」
ルディは黒曜の瞳を細めて笑うと、自然な仕草でアニスのこめかみにキスを落とした。たったそれだけで茹で上がってしまったアニスは、人前に晒していいものではないと慌ただしく扇を取り出しては顔を隠す。
彼女の忙しない動きにルディがくつくつと肩を揺らす一方で、パトリックは唖然とした面持ちで立ち尽くしていた。
「さて。誕生祭以来ですね、パトリック王子」
「……辺境伯」
「心優しい彼女が根気よく王子のお話に付き合っているものだから、俺もしばらく大人しくしていたんですが──相変わらず、子供っぽいことで」
「る、ルディ様!?」
火照った頬が急激に冷えた。今度は真っ青になって狼狽え始めたアニスを深く抱きすくめ、ルディは安心させるようにその肩を摩る。
「人の心を欲するなら積極的に働きかけるべきだと、前に申し上げたはずなんですがね。どうしてこうも追い詰めることばかりなさるのか」
「……っお前には分からないだろう! 何もかもに恵まれたお前にはっ……」
「恵まれてたのは王子でしたよ。高い地位に質の良い教育、戦とも無縁な王都での穏やかな暮らし。更には素敵な女性を婚約者に宛てがわれていたじゃないですか」
これのどこが恵まれていないのかと尋ねるルディに、パトリックは何も答えられなかった。
そのやり取りは王族と臣下というには距離が近く、しかし決して良好なものでもない。アニスが不思議に思いつつも口を挟まずにいると、頭上から深いため息が聞こえてくる。
「王子。アニスを傷付け、手放したのは貴方です。なのに今さら『戻ってきてくれ』は無しでしょう」
「だが僕はアニス以外……」
「アニス以外考えられないなら、彼女を試すような愚かな真似はすべきじゃなかった。そのせいで何もかもを失ったのだと、まだお分かりになりませんか」
アニスにはついぞ向けたことのない、厳しい声音だった。
再び閉口してしまったパトリックは今にも泣き出しそうな顔をしていたが、アニスは既に彼を慰める立場にない。出来ることはせいぜい彼の矜恃を守るため、そっと視線を外しておくことぐらいだった。
「アニスに謝罪をするわけでもないのなら、時間の無駄ですので。これで失礼いたします」
行こう、と小さく囁かれ、アニスは静かに頷く。
差し出されたルディの手を取った彼女は、後ろから聞こえたパトリックの呼び声に応えることはせず、庭園を後にした。