婚約破棄されたら「血みどろ騎士」に求婚されました
先程のパトリックを思い返しながら、アニスは小さく息をつく。
もしあの騒動がなかったとしても、遠からずパトリックとの関係は破綻していた。彼の鬱屈とした気持ちを全て受け止める自信と余裕は、王太子妃の務めで精一杯であろうアニスには備わっていなかっただろうから。
「……だが過去は過去だ。アニスへの仕打ちは、もう成人した男のすることじゃない。さっきのことも含めて、俺は一つも後悔なんてしていないぞ」
不意にぎゅうっと抱き締められたアニスは、頬に当たる黒髪をおずおずと撫でる。何だか珍しくルディが甘えてくれているような気がして──彼女の勘は正しかったのか、更にルディの頭がぐりぐりと肩に押し付けられた。
「ふふ。ルディ様、ちょっと悪かったと思っていらっしゃるのでは?」
「……十歳も下の相手に大人げなかったのは事実だからな」
「……でも、わたくしのために怒ってくださったのでしょう? それから、殿下のためにも」
ルディは暫しの間を置いて、唸るように頷いた。
「陛下は王子を見捨てちゃいない。不要と断じたなら、さっさと廃嫡なさるような御方だ。謹慎で済ませている時点で相当甘やかされていると気付いていただきたいものだよ。……こんなことを言ったらまた拗らせるだろうから言わなかったが」
「そうでしたか。……ありがとうございます、ルディ様」
「何だ。その礼は王子の代わりか?」
「いいえ、わたくしを大人げなく求めてくださったことに対してです」
そこでやっとルディが顔を少し上げてくれた。彼の黒曜の瞳を間近で見詰め返したアニスは、ひとつ深呼吸を挟みつつ告げる。
「……わたくし、今日はルディ様にお話があって参ったのです」
「ああ……そうだったな。すまない、何の用件で──」
「ルディ様の求婚をお受けしたいです」
一息に言ってしまうと、少し遅れて心臓が騒がしくなった。
それ以降の言葉が何一つ思い浮かばないアニスと同様、ルディもまた目を見開いたまま動かなくなってしまった。
あまりにも耐え難い沈黙に、根負けしたアニスはそろそろと視線を落とす。
「も、もう返事は受け付けていませんでしたか……?」
「受け付けているに決まってる!」
「きゃあ!」
がばりと立ち上がったルディに幼子よろしく抱き上げられ、アニスは思わず悲鳴を上げた。
ぐんと高くなった視界に慌てたのも束の間、ルディの嬉しそうな笑顔を見つけたアニスは、彼に釣られて頬をゆるめる。
「ごめんなさい、遅くなってしまって……」
「構わない。嫌われない限りはいつまでも待つつもりだった」
「ふふ。本当にルディ様は、わたくしを甘やかしすぎです」
「嫌か?」
「いいえ」
そこでアニスは身をかがめて、ルディの唇にキスを落とす。
「わたくしも、ルディ様から頂いた優しさをお返ししていきたいです。これから一生をかけて」
「……この上ない殺し文句だな」
二人は額を突き合わせて笑うと、またどちらともなく唇を重ねたのだった。
もしあの騒動がなかったとしても、遠からずパトリックとの関係は破綻していた。彼の鬱屈とした気持ちを全て受け止める自信と余裕は、王太子妃の務めで精一杯であろうアニスには備わっていなかっただろうから。
「……だが過去は過去だ。アニスへの仕打ちは、もう成人した男のすることじゃない。さっきのことも含めて、俺は一つも後悔なんてしていないぞ」
不意にぎゅうっと抱き締められたアニスは、頬に当たる黒髪をおずおずと撫でる。何だか珍しくルディが甘えてくれているような気がして──彼女の勘は正しかったのか、更にルディの頭がぐりぐりと肩に押し付けられた。
「ふふ。ルディ様、ちょっと悪かったと思っていらっしゃるのでは?」
「……十歳も下の相手に大人げなかったのは事実だからな」
「……でも、わたくしのために怒ってくださったのでしょう? それから、殿下のためにも」
ルディは暫しの間を置いて、唸るように頷いた。
「陛下は王子を見捨てちゃいない。不要と断じたなら、さっさと廃嫡なさるような御方だ。謹慎で済ませている時点で相当甘やかされていると気付いていただきたいものだよ。……こんなことを言ったらまた拗らせるだろうから言わなかったが」
「そうでしたか。……ありがとうございます、ルディ様」
「何だ。その礼は王子の代わりか?」
「いいえ、わたくしを大人げなく求めてくださったことに対してです」
そこでやっとルディが顔を少し上げてくれた。彼の黒曜の瞳を間近で見詰め返したアニスは、ひとつ深呼吸を挟みつつ告げる。
「……わたくし、今日はルディ様にお話があって参ったのです」
「ああ……そうだったな。すまない、何の用件で──」
「ルディ様の求婚をお受けしたいです」
一息に言ってしまうと、少し遅れて心臓が騒がしくなった。
それ以降の言葉が何一つ思い浮かばないアニスと同様、ルディもまた目を見開いたまま動かなくなってしまった。
あまりにも耐え難い沈黙に、根負けしたアニスはそろそろと視線を落とす。
「も、もう返事は受け付けていませんでしたか……?」
「受け付けているに決まってる!」
「きゃあ!」
がばりと立ち上がったルディに幼子よろしく抱き上げられ、アニスは思わず悲鳴を上げた。
ぐんと高くなった視界に慌てたのも束の間、ルディの嬉しそうな笑顔を見つけたアニスは、彼に釣られて頬をゆるめる。
「ごめんなさい、遅くなってしまって……」
「構わない。嫌われない限りはいつまでも待つつもりだった」
「ふふ。本当にルディ様は、わたくしを甘やかしすぎです」
「嫌か?」
「いいえ」
そこでアニスは身をかがめて、ルディの唇にキスを落とす。
「わたくしも、ルディ様から頂いた優しさをお返ししていきたいです。これから一生をかけて」
「……この上ない殺し文句だな」
二人は額を突き合わせて笑うと、またどちらともなく唇を重ねたのだった。