婚約破棄されたら「血みどろ騎士」に求婚されました
◇
アニス・リード公爵令嬢とルディ・ラングレン辺境伯の婚儀が行われたのは、例の騒動から半年後のことだった。
王子の婚約者だった女性が早々に別の男性と結ばれたことに、王都では懐疑的な声が上がることもあったが、程なくして「辺境伯は公爵令嬢への想いを何年も押し殺していた」という話が広まり、批判的な声は減っていった。
その噂の出処が公爵家の年若いメイドであることはさておき、晴れて辺境伯夫人となったアニスは領民から概ね好意的に受け入れられた。
厳しい王太子妃教育の賜物か、彼女は領地経営の手腕もさることながら、持ち前の優しさで領民の声にもよく耳を傾けたという。
アニスが良き領主夫人として親しまれたことは勿論、厳格と思われていた辺境伯が彼女を溺愛していたこともまた、人々から慕われる大きな所以であった。
「──ルディ。ルディ、起きてください」
射し込む朝日に照らされて、眩しげに目を眇める愛しい人。
朝にしか見られない、ぼんやりと寝ぼけた彼の顔を、アニスはにこにこと眺めていた。
「おはようございます、ルディ」
「……おはよう、アニス」
まだ意識が覚醒しきっていなくとも、彼は必ず挨拶を返してくれる。そうして手探りにアニスの背中を抱き寄せてはまた一眠りしようとするから、最初はアニスもうっかり二度寝をしてしまったものだ。
今日は久々に二人で出かける約束をしているので、寝坊はできない。アニスは抱き込まれないように枕を間に挟みつつ、ルディの跳ねた黒髪を撫で付けた。
彼はその手を気持ちよさそうに受け入れていたが、やがてひどく安堵した様子で溜息をついた。
「ああ良かった」
「はい?」
「……アニスが知らない男と結婚する夢を見た」
「まぁ…………何度目ですか?」
「十回は見たな。しかも毎回違う男」
「もう」
求婚する前はそれが現実だったんだから仕方ないだろう、とルディは笑う。眠気が取れてきたのか、彼は緩慢な動きでアニスを枕ごと抱きしめてしまった。
「毎日が夢のようだから、夢の方が現実味を帯びてるんだよ」
「わたくしは貴方の妻ですよ。早く慣れてください」
「慣れて堪るものか。毎日噛み締めるぞ」
「ふふ。じゃあ早く起きてください。わたくし、今日のお出かけを楽しみにしていましたのよ」
結婚してから甘さに拍車が掛かっている夫を宥めながら、アニスは何とか身を起こす。また捕まる前にルディの額にキスをすれば、仕方ないと言わんばかりに彼も体を起こした。
「段々と俺の扱いが分かってきたようだな……」
「扱いだなんて。貴方がわたくしの我儘を受け入れてくださるだけでしょう?」
アニスの言葉に、ルディは納得が行かないような顔で視線をよそへ飛ばしたが、それも長くは続かない。すぐにくしゃりと笑顔を浮かべると、アニスを腕の中へと誘い込む。
「愛する妻のお願いだ。そろそろ支度をしよう」
「はい」
二人は今日の予定を和やかに話し合いながら、静かな寝室を後にした。
アニス・リード公爵令嬢とルディ・ラングレン辺境伯の婚儀が行われたのは、例の騒動から半年後のことだった。
王子の婚約者だった女性が早々に別の男性と結ばれたことに、王都では懐疑的な声が上がることもあったが、程なくして「辺境伯は公爵令嬢への想いを何年も押し殺していた」という話が広まり、批判的な声は減っていった。
その噂の出処が公爵家の年若いメイドであることはさておき、晴れて辺境伯夫人となったアニスは領民から概ね好意的に受け入れられた。
厳しい王太子妃教育の賜物か、彼女は領地経営の手腕もさることながら、持ち前の優しさで領民の声にもよく耳を傾けたという。
アニスが良き領主夫人として親しまれたことは勿論、厳格と思われていた辺境伯が彼女を溺愛していたこともまた、人々から慕われる大きな所以であった。
「──ルディ。ルディ、起きてください」
射し込む朝日に照らされて、眩しげに目を眇める愛しい人。
朝にしか見られない、ぼんやりと寝ぼけた彼の顔を、アニスはにこにこと眺めていた。
「おはようございます、ルディ」
「……おはよう、アニス」
まだ意識が覚醒しきっていなくとも、彼は必ず挨拶を返してくれる。そうして手探りにアニスの背中を抱き寄せてはまた一眠りしようとするから、最初はアニスもうっかり二度寝をしてしまったものだ。
今日は久々に二人で出かける約束をしているので、寝坊はできない。アニスは抱き込まれないように枕を間に挟みつつ、ルディの跳ねた黒髪を撫で付けた。
彼はその手を気持ちよさそうに受け入れていたが、やがてひどく安堵した様子で溜息をついた。
「ああ良かった」
「はい?」
「……アニスが知らない男と結婚する夢を見た」
「まぁ…………何度目ですか?」
「十回は見たな。しかも毎回違う男」
「もう」
求婚する前はそれが現実だったんだから仕方ないだろう、とルディは笑う。眠気が取れてきたのか、彼は緩慢な動きでアニスを枕ごと抱きしめてしまった。
「毎日が夢のようだから、夢の方が現実味を帯びてるんだよ」
「わたくしは貴方の妻ですよ。早く慣れてください」
「慣れて堪るものか。毎日噛み締めるぞ」
「ふふ。じゃあ早く起きてください。わたくし、今日のお出かけを楽しみにしていましたのよ」
結婚してから甘さに拍車が掛かっている夫を宥めながら、アニスは何とか身を起こす。また捕まる前にルディの額にキスをすれば、仕方ないと言わんばかりに彼も体を起こした。
「段々と俺の扱いが分かってきたようだな……」
「扱いだなんて。貴方がわたくしの我儘を受け入れてくださるだけでしょう?」
アニスの言葉に、ルディは納得が行かないような顔で視線をよそへ飛ばしたが、それも長くは続かない。すぐにくしゃりと笑顔を浮かべると、アニスを腕の中へと誘い込む。
「愛する妻のお願いだ。そろそろ支度をしよう」
「はい」
二人は今日の予定を和やかに話し合いながら、静かな寝室を後にした。


