嫁いでから一度も触れてこなかった竜人皇帝が、急に溺愛してくる理由
 * * * * *

 熱に浮かされる中、誰かの声がした。
「大丈夫ですよ、陛下……大丈夫」
 魔力過多によって体調を崩すなど竜人族では幼い子供しかならないことだが、ウィルフレッドはあまりに魔力が多すぎるせいで成人しても時折、こうして熱を出すことがあった。
 ただの風邪ならばいいが、魔力過多による不調はつらい。体内で多すぎる魔力が暴れ回り、気持ちが悪く、熱も出て、体の節々が酷く痛む。魔力が多すぎることも問題だった。
 手の甲に冷たい感触がある。その冷たさのおかげか、体の中で暴れていた魔力が少しずつ鎮まり、息苦しさが若干だが解消された。
 意識が浮上して目を開けると、すぐそばに誰かがいる。
「……すぐによくなりますよ」
 落ち着いた、優しい、少女のような澄んだ声。
 聞き覚えはあるが、熱のせいか思い出せない。
 ただ、手に感じる冷たさが心地好かった。
 目を閉じると、今度は簡単に眠りについた。

 ふっと目が覚め、ウィルフレッドは顔を動かした。
 ずるりと額から何かが落ちる。手に取ってみると、だいぶ温くなってはいるが、濡らした布が額にのせてあったようだ。
 ……誰かが来ていた気がするが。
 記憶を辿(たど)っていると部屋の扉が開けられた。
 足音が近づき、天蓋のカーテンの向こうからデイルが顔を覗かせた。
 目が合うと驚いた顔をされる。
「ウィル、もう起き上がって大丈夫なのか?」
 問われて、そういえば、と驚いた。魔力過多で不調になると、いつもならば最低でも一週間は寝込むことになるのに、今回はまだ三日目だ。
 汗を掻いて少し気持ち悪いものの、体自体は軽く、気分もスッキリとしていて、体の中で魔力ももう暴れていない。
「ああ、もう問題ない」
 むしろ、今までで一番体調がいいかもしれない。
 体を起こせば、デイルが持っていた桶をサイドチェストに置く。
「この布はお前が額にのせてくれたのか」
「ん? まあ、最初はオレがやったけど……さっきまでお姫さんが見舞いに来てたから、布を冷やしたのは多分、お姫さんじゃないか?」
「……何だって?」
 デイルの言葉にギョッとした。
 魔力過多のウィルフレッドはある意味、危険物だ。
 もしも、うっかり肌が触れ合ってしまったら、ウィルフレッドの体内にある大量の魔力がアイシャの体に流れてしまう。そうなれば、アイシャも無事では済まないだろう。
「何故、そんな危険なことをさせたんだ!」
 思わず怒鳴ったウィルフレッドに、デイルが言う。
「だってさ、お前さんが体調を崩したせいでお姫さんが放ったらかしだっただろ? いつかは言わなくちゃいけないんだし、お前の現状を見てもらっていたほうが納得しやすいし。……あ、ちゃんとお前に触らないようには言ったからな?」
 言い訳をするようにデイルが言葉を重ねる。
 デイルはアイシャに触れないように言ったそうだが、この手に誰かが触れた記憶が確かにある。今もまだ、その時の心地好い冷たさを覚えていた。
 ……俺よりも細くて、冷たい手だった……。
「……アイシャは俺の手に触れた」
 デイルが目を丸くする。
「え? でも、お姫さんは何ともなさそうだったぞ?」
「本当に? 気分が悪そうにしていなかったか?」
「ああ、普通に部屋まで歩いて戻ったし、顔色も悪くなかった」
 ウィルフレッドはデイルと顔を見合わせた。
 ……どういうことだ?
 普通なら、ウィルフレッドに触れた瞬間、大量の魔力が流れ、触れた相手は体調を崩してしまうはずなのに。
「……デイル、とにかく、アイシャの使用人を増やせ。もしかしたら体調不良を我慢している可能性もある」
 さすがにまずいと思ったのかデイルが頷いた。
「分かった、手配してくる」
 デイルが部屋を出ていく。
 それを見送り、ウィルフレッドは自身の手を見下ろした。
 体内に意識を集中すれば、魔力が安定しているのが分かった。
 あり余っていた魔力の気配はなくなっていた。

 その数時間後、デイルが報告しに戻ってきた。
 ウィルフレッドも汗を流し、数日ぶりに食事を摂ったことで気分も落ち着いた。
「お姫さんの侍女が言うには何ともないらしいぞ」
「本人に直接聞かなかったのか?」
「入浴を済ませた後のお姫さんにオレが会っていいのか?」
 デイルの返答にウィルフレッドは押し黙る。
 入浴後ということは、恐らく夜着姿である。
 そんなアイシャの姿を、たとえ信頼の置けるデイルであっても、見せたくはない。『番』のそういう姿はウィルフレッドだけのものなのだ。
 まだデイルは『番』を見つけていないが、デイルの両親は竜人の番同士なので、『番』を見つけた竜人の男がどういう反応をするか分かっているのだろう。
「だから、侍女に訊くだけにしておいたんだよ」
 デイルが小さく笑い、向かいのソファーに腰掛ける。
「……無事なら、それでいい」
 アイシャが何ともなければ十分だ。
「なあ、やっぱり気のせいだったんじゃないか? 竜人ですら耐えられないお前の魔力に、人間のお姫さんが耐えられるとは思えないんだよな」
「……そうだな、気のせいかもしれん」
 見下ろした手を握る。
 入浴したことで、掌の冷たさはもう消えてしまった。
「見舞いに来てくれた礼は何がいいと思う?」
「せっかくなら、それを理由に色々贈っちまえよ。ドレスでも、装飾品でも、贈れば多分身に着けてくれるだろうし」
 ウィルフレッドが贈ったものをアイシャが身に着ける。
 ……それは、かなり嬉しいが。
「嫌がられないか?」
「綺麗なものをもらって嬉しくないってことはないだろ。特にドレスも装飾品も、人間の貴族は毎日使うものだから、あっても困らないはずだ」
「なるほど」
 そういうわけで、アイシャに贈り物をすることにした。
< 8 / 11 >

この作品をシェア

pagetop