マグノリア・ブルーム〜辺境伯に嫁ぎましたが、私はとても幸せです

辺境伯の申し出

 
 ジョシュアさんに連れられ、アンドレイ様の執務室に入った私は、彼から「そこへお掛け下さい」と、ソファを勧められた。ソファは、大きな執務机の真正面に置かれていて、素材も色合いも素朴な物だった。

 執務机の上には、たくさんの書類が積み上げられている。
 それは私に、お父様の執務室を思い出させたが、お父様の部屋の華美な雰囲気とは随分違って見えた。部屋の狭さ、飾り気のない質素な作り、全てが地味で、良く言えば剛健さが感じられる。そんなことを思っていたら、アンドレイ様が腰掛けたまま、私に頭を下げた。

「急にお呼び立てして申し訳ない。実は、近々隣国でパーティがありましてね、貴女もご一緒していただきたいのです」
「パーティですか?」
 アンドレイ様が頷く。灰色の布で顔は覆われているので、頷いたかどうかわからないくらいの頷き方。

 私は久しぶりにお目にかかれたこともあり、不躾だと思いつつ、彼の姿をじいっと見てしまう。
(こんなお姿だったかしら?)
 不思議と恐怖やおぞましさは感じない。

 しばらくして、アンドレイ様が仰った。
「話はそれだけなのですが、貴女に新しいドレスをご用意したいのです」
「ドレス?」

 いま、アンドレイ様はドレスを新調する、と言ったのよね。私は自分の顔が火照るのを感じた。と同時に、俯いてしまった。
 やはり気づかれていた。私はドレスを1枚しか持っていないということを。
 ううん、誰でも気づくわよね、ところどころ布地が薄くなっているような代物だから。

「パーティは来週ですが、腕利きの仕立て職人が、大急ぎでドレスを作ると言ってくれています。早速だが、これから直ぐに採寸をお願いしたい」

 ゆっくり話すアンドレイ様の声は、今日もしわがれているうえに、布越しなので聞き取りにくい部分もある。私は喉が詰まってしまって、返事が出来なかった。みじめさで、喉の奥に何か込み上げてきている。

 でも、ここはお礼を言わなくては。
「あのう……。アンドレイ様」
「なんですか?」
「ありがとうございます。お気遣い、嬉しいです」
「貴女は領主の妻ですし、元はと言えばエレンザ公爵家の姫君です。気遣いというよりも、そのことに相応しい(ふさわしい)というか、恥ずかしくないようにしていただきたいだけです」

 突き放されたような気がした。
「えっ!」
「あっ、いや。その」

 アンドレイ様が立ち上がり、片手を私のほうに伸ばしてから、慌てた様子で引っ込めた。

「申し訳ない、変な意味ではなく」
「いっいいえ、私のほうこそ申し訳ありませんでした」

 そう返事した私の胸は、衝撃でどきどきしていた。
 何故なら、アンドレイ様が手を伸ばした時に私ははっきりと見たのだ、節くれだった木のような腕を。ぼこぼこと盛り上がった、腫れ物のようなものもいくつもあった。

「ご領主様、奥方様、そろそろ奥方様のお部屋のほうに、仕立て職人が参る頃でございましょう」
 私の後ろから、ジョシュアさんの声がする。
 救われるような気分で私は立ち上がり、
「では、私はお部屋に戻ります。ありがとうございました」
 と言って、そそくさと執務室を後にした。
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