マグノリア・ブルーム〜辺境伯に嫁ぎましたが、私はとても幸せです

初めてのダンス

 
「申し訳ありませんが、妻の最初のダンスは夫である私が相手をしたいのです」
 アンドレイ様がきっぱりと仰った。しわがれているけれど、はっきり聞き取れる。
「マリナは妻に迎えたばかり、それに加えて今日が初めての舞踏会なのです」

「あ! そんな事情があったのですね、失礼いたしました」
 王太子様は目を丸くして言うが、決して気を悪くしている様子ではなかった。
「奥方様、では、2曲目のダンスは是非、私をお相手に踊っていただけますか? ジョハンセン侯爵、それならお許し下さいますね?」

「それなら」
 アンドレイ様は一言だけ。それも、そっけない態度である。
「私などでよろしければ」
 思わず王太子様に返事した私の手を取ると、アンドレイ様は広間の中央まで歩いて行く。ざわめきが一層大きくなったところで、演奏が負けじと大きくなった。

 ざわめきが落ち着き、次々とペアになった方々が広間で踊り始める。
「アンドレイ様、私、ダンスなんて出来ないのですが」
 すがるように彼に言うと、
「大丈夫、ついてきなさい」
 そう返事が返ってきた。

 彼にスッポリ包まれる形で、「右足、左足」と囁かれる。
 その通りにステップを踏んでいるうちに、とてもダンスとは呼べないかもしれないけれど、それらしくなってきた。しかも、だんだん楽しくなってくる。アンドレイ様は片方だけしか見えていないはずなのに、誰にもぶつからず、器用に優雅に私をリードして踊る。

 音楽が終わった時には、どこからか歓声が上がるほど、アンドレイ様と私は注目されていたようだ。アンドレイ様に手を取られ、フェリスのいる壁際に戻って行くと、フェリスは目を輝かせ拍手している。
「侯爵様、お嬢様、素敵です!」

 アンドレイ様は、フェリスの前でお辞儀して、
「お嬢さん、お手をどうぞ」と仰った。
「わ、私とですか!」
 フェリスは真っ赤になりながらも、アンドレイ様に連れられて、中央に歩いて行く。

「では、我々も」
 王太子様が、いつのまにか近くに来られていた。
「王太子様、まともに踊れない失礼をお許し下さい」
 正直に言ってから、私は王太子様と踊り始めた。

「本当にお美しい」
 突然王太子様に言われ、びっくりする。
 まさか私が美しい?
 社交辞令だろうけど、一応お礼は言うべきよね。
「ありがとうございます」
 しかし、王太子様は優しい眼差しで、私に見惚れているように見えた。

「今日の舞踏会は、花嫁探しなどと言われていますが、そんなことはありません。周辺国と良好な関係を保っていられるのを再確認したい、ということだけなのです」
「そうでしたか」
「だから、出来るだけたくさんの方と踊ったりお話したいのです。実は、一番最初は奥方様と昨日から決めていました」

「え、私ですか?」
「図々しいですね。どうぞ、お許し下さい。豪華なドレス姿の奥方様が、あまりにも美しかったものですから」
 どう返事したものか。
 困っていると曲調が変わり、王太子様は私の手を放し、恭しくお辞儀なさった。私も慌ててお辞儀を返し、彼から離れて壁際に戻った。
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