『彩生世界』の聖女じゃないほう ~異世界召喚されました。こうなったらやってみせます完全攻略~

不可視の境界線 -ナツメ視点-

「ナツメはいるか⁉」

 一緒にお茶をしていたアヤコさんが「先に部屋に戻る」と応接室を出て間もなく、俺を呼ぶカサハさんの声が玄関ホールから聞こえた。
 ここへ来てからも落ち着きのない様子の彼女に、何か起こりそうだとは思っていた。相変わらず優秀な記憶力だ。あの態度が、俺と二人きりなことを意識して……という理由なら大歓迎だったのだが。まあそうでないことなど予想は付いていた。
 住宅街で彼女と合流しなくても、俺は元より玄関に近いここで一息()くつもりだった。彼女の記憶にある俺もここでそうしていたのだろう。ただし、そちらの俺は最初から一人で。
 使用人に俺の居場所を聞いたのか、カサハさんのものと思われる足音が近付いてくる。
 俺はソファから立ち上がった。
 直後――

「ナツメ!」

 カサハさんの大声とともに、応接室の扉は勢いよく開かれた。

「カサハさ――ミウさんに何がありました⁉」

 彼の名を呼ぼうとして、事態を察して俺は直ぐさま事情を尋ねた。カサハさんに抱きかかえられていたミウさんは、誰が見ても意識を失っていた。

「それが……突然倒れたとしか言い様がない……」

 困惑の表情で答えたカサハさんが、向かいのソファ――先程までアヤコさんが座っていた――にミウさんを寝かせる。俺はミウさんの傍らまで移動し、片膝立ちになって彼女の頭から足先にかけて視診した。

「この症状は……!」

 そして思い当たった症状に、俺は有効だと考えられる魔法を唱えた。
 光がミウさんの身体を包み込み、やがてその光が収束したのを見て、もう一度彼女を診る。そこに期待した効果が出ていることを確認した後、俺は立ち上がった。

「ミウさんが気を失った原因は、おそらく境界線に触れたからです。以前、カサハさんが境界線に触れたときと同じ症状と思われます」
「馬鹿な! こいつの側にそんな場所は無かった」

 俺の診断に、青ざめた表情でカサハさんが否定する。それは当然だろう。境界線が見えたなら、その危険性を身を以て知っている彼が彼女を近寄らせるはずがない。そう、境界線が()()()なら。

「ここ数日境界線を探し続けていて、俺はとある疑惑を抱いていました。そして今回のことでそれは、確信に変わりました。王都の境界線は在るけれど見えない。イスミナやセンシルカとは違った形で存在すると思われます」
「在るが見えないだと? いやそれよりもミウはどうなんだ」
「これ以上マナが流出するのを防ぐ保護魔法を掛けました。現時点のマナの抜け具合から、深刻な記憶の欠落は起こっていないはずです。カサハさんが境界線に触れたときにも使えていれば、貴方の記憶の欠落も防げたのですが」
「いや、ミウに大事が無くて助かった。感謝する」

 ホッと胸を撫で下ろした様子のカサハさんが、ミウさんから離れた俺と入れ替わるようにして片膝をつく。それから彼女の手を握った彼を見下ろしながら、俺は王都の境界線について改めて思考を巡らせた。
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