帝都の守護鬼は離縁前提の花嫁を求める
3:あなたの側に
 ちくちくと、途中だったハンケチーフへの刺繍を進めていく。
 無心で針を刺していたが、ふとした瞬間記憶が甦る。
 日の光が反射し煌めく銀糸。
 その隙間から見える血のように赤い紅玉。
 通った鼻筋に、白磁のように滑らかな肌。
 そして薄い唇が近付いて……。

「っっっ!」

 朱縁に口づけされたときのことを鮮明に思い出してしまった琴子は、刺繍針を別の場所に刺してしまいハッとした。

「ああ、もう……これではまったく進まないわ……」

 愚痴を呟きながら針を抜き生地をならす。
 すでに夫婦ではあるが、屋敷のことは少しずつ慣れていけば良いということで特に何かをすることの無い琴子。
 メイドの利津もいるので、実際にしなくとも屋敷のことは回る。
 来客でもあれば別だろうが、そもそも人とあまり交流のないらしい朱縁を訪ねてくる者はいなかった。
 なので一先ず手がけていた刺繍をしているのだが……。
 刺繍を再開しようとした針を止め、ふぅ……と罪悪感のような心持ちでため息を吐く。
 本来ならば率先して料理などをすれば良いのだが、それをしてしまうと本当に夫婦になろうとしている気がして出来なかった。
 視線を上げて見た文机の上には、毎日届く父からの手紙。

【しばらくかかると言うがいつになるのか】
【桐矢家からもどういうことだと苦言があったぞ。早くするんだ】

 早く離縁しろと催促する手紙の数々。
 父の言い分も、お役目としての桐矢との婚姻も理解出来る。
 だが、朱縁は離縁を許してはくれない。
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