帝都の守護鬼は離縁前提の花嫁を求める
(それに……)

 琴子自身、朱縁や利津と共に過ごすこの屋敷での生活がとても心地よく感じ始めていた。
 厳しい父に意見を押さえつけられることもなく、異能持ちを産み育てるお役目を望まれている訳でもない。
 ただ、朱縁の側にいて欲しいと願われるだけ。
 それはとても穏やかで、心地の良い時間だった。
 そのため、この二日ほど父への手紙の返事を出せていない。
 せめてもう少し、この穏やかなときを過ごしていたかった。
 ……だが、このままの状態であの父が何もしないということはあり得なかったのだ。
 数日後、琴子はそれを思い知ることとなった。

 ***

 その日は、帝に呼ばれたとのことで午後から朱縁は留守にしていた。
 刺繍もなんとか形になり、利津に手伝って貰いながら仕上げのアイロンをしようとしていたときだった。

「さ、そろそろ温まってきたようです」

 真新しい電気アイロンの様子を見ていた利津に勧められ、琴子は火傷しないよう気をつけながら刺繍したハンケチーフにアイロンをさっとかけた。

「これくらいで良いかしら……でも本当に便利ね? 炭を用意しなくていいなんて」

 使用したアイロンを立て置きながら、琴子は感心する。
 電気アイロンが出回り始めたのは本当に最近で、今もほとんどの家では炭を入れる炭火式アイロンが主流のはずだ。
 どんどん現世に興味を無くしていく朱縁のために、少しでも興味を持ってもらえるよう新しいものを率先して取り入れたという利津。
 それはメイド服や着物に留まらなかったらしい。この電気アイロンしかり、この屋敷には他にも様々な新しいもので溢れかえっていた。
 流行や新しいものにとても興味のある琴子にとって、この屋敷での生活は心躍るものだ。
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