激甘バーテンダーは、昼の顔を見せない。



東郷さんが出勤する夜23時。
いつものようにバーに向かった。


メッセージで報告しても良かったけれど、東郷さんと…マスターにも、直接伝えたくて。



 カラン……


「おや、いらっしゃいませ…【綾乃】ちゃん」
「……マスター…」


私の素性を知っていたマスター。
東郷さんがカミングアウトした翌日から、マスターは私を【西條綾乃】で呼ぶようになった。


「綾乃さん…こんばんは」
「こんばんは……和孝さん」


優しく微笑み、迎えてくれる東郷さん。
店内には他に客が誰もいなかった。



「いつものでいい?」
「あ、あの。今日から、ノンアルコールでお願いします…」


そう言うと、マスターと東郷さんは目を見合わせた。


東郷さんの頬はどんどん赤く染まり、次第に目が潤み始める。


「綾乃さん……もしかして」
「……もしかして、です。和孝さん」


手に持っていたグラスを置き、走って駆け寄ってきた東郷さん。
そのまま両手を広げ…優しく抱き締めてくれた。


「…綾乃さん、ありがとう………結婚しよう。一生…俺が守り、愛します…」


東郷さんは涙を流しながら、頬を擦り寄せる。

マスターも近くに寄り、手を叩きながら言葉を発した。


「お2人ともおめでとう。順序が違うと言う人も居るかもしれないけれど…それも今の時代、何も悪いことでは無いからね。……和孝くんと綾乃ちゃん。僕は心の底から…お2人を祝福します」


お腹を撫で、頭を撫で、忙しく手を動かす東郷さん。

そんな彼はいつまでも泣き続け、仕事の継続ができなくなった。


「今日は今から、貸切にしようね…」


そう言ってマスターは札を持ち、外に出て行った。





私、東郷さんが女慣れをしている遊び人かと…心の底で思ったこともあるけれど…。

涙を流し喜んでいる東郷さんを見て、そう思ったのは間違いだったと確信した。




私が高校生の頃から…ずっと気にかけてくれていたのかな、なんて考えて…。


どうしようもないくらい、東郷さんに愛おしさを感じる。


「綾乃さん、愛しています…」
「私も、和孝さんを愛しています……」


泣きすぎて目を真っ赤に腫らした東郷さんは、マスターが居ることを忘れて、私に何度も…何度もキスをした。







その後、私の両親と東郷さんの両親に、それぞれ事情を説明しに行った。



有難いことに、どちらの両親も責め立てず反対もせず…私たちが子を授かってから結婚することを受け入れてくれた……。






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