激甘バーテンダーは、昼の顔を見せない。



「皆さん、長い間お世話になりました」



安定期に入って落ち着いてきた頃。


後任への仕事の引き継ぎも終わり、【西野聖華】の退職日がやって来た。


「あと、長い間皆さんを騙していたようで心苦しいのですけど…」



小さく唾を飲む。
【西野聖華】として過ごしたこの会社で…今日、私の素性を明かす。




「私、本当は…… 社長の娘の【西條綾乃】と言います。社長の娘であることを知られたくなくて、偽名で入社し、仕事をしておりました」



唐突なカミングアウトに、部屋中がザワつく。


それはそうだ。
誰1人…疑いもしなかっただろうに…。



「今日、【西野聖華】は退職しますが、取締役執行役員の【西條綾乃】は引き続き在籍します。出産が終わったら、【西條綾乃】としてまた戻って参りますので、その時はまたご指導ご鞭撻の程、宜しくお願い致します」



皆さんに向かって、深く……深く頭を下げる。




騙していたと言われるかと思い、少し恐れていた。







しかし…社員の皆さんは、温かかった。





「…西野さん、おめでとう!!」
「西野さんでも、西條さんでも…貴女には変わりないのだから…!」
「元気な子を産んで、また戻って来なさい!」



誰1人私を責め立てず。
皆さんが、微笑んでいる。


「あ……ありがとうございます…」




お礼を告げながら、深く…深く頭を下げる。


部屋には割れんばかりの拍手が…ずっと鳴り響いていた…。






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