空飛ぶ消防士の雇われ妻になりまして~3か月限定⁉の蜜甘婚~
一章 ドン底と再会
 一章 ドン底と再会


 お台場ベイサイドに立地する『帝都グランデホテル』は国内資本では業界最大手の帝都グループのなかでも、もっともハイクラスのラグジュアリーホテルだ。

 季節は長雨の続く六月。ロビー中央に飾る装花は、水色と薄紫のグラデーションが爽やかな紫陽花のアレンジメントに替わったばかり。入社七年目、二十八歳の羽山美月はここでホテリエとして、コンシェルジュ業務を担当している。

「すみません。私事ですが、ご報告が……」

 朝のミーティング終了後、彼は片手をあげて前に歩み出た。

只野(ただの)省吾(しょうご)、三十一歳。ホテリエらしい、清潔感あふれる容姿に万人受けする感じのよい笑顔。いかにも有能ビジネスマンといった雰囲気を漂わせ、実際にトップである支配人からの信頼も厚い。

(省吾さん? ご報告って……)

『私事ですが』に続く台詞といえば、みんなが定番のあれを想像したのだろう。その場に華やいだどよめきが走る。

「実は、結婚することになりまして」

 二年の付き合いになる恋人が発した唐突な言葉に、美月は目を瞬いた。隣にいた同僚に「え、なになに。そうなの~?」と肘でつつかれても、返事のしようがない。

(え、待ってよ。私、結婚はまだ考えられないって言ったのに。どうして、こんな勝手なこと!)

 美月が渋っていたから、外堀りを埋めてしまおうという作戦に出たのだろうか。困り果てている美月には目もくれず、彼はにこやかに話を続けた。

「お相手なんですが、一緒に働く……」

 当然、自分の名前が呼ばれるものと信じて疑ってもいなかった。ところが――。

「宿泊部でフロント担当をしている本間(ほんま)由奈(ゆな)さんと」

(ん? 私の名前、羽山。羽山美月だけど。どんな間違い?)

 本間由奈は、美月の後輩の名だ。童顔でアイドルのようにかわいらしい由奈が、ちょこちょこと前に出てきて省吾に寄り添った。

「えへへ。幸せになりまーす」

 美月より、ずっと小さく華奢な手を彼女は顔の前にかざした。左手薬指に輝くのは、キラッキラッのダイヤモンド。幸せの象徴、婚約指輪だろう。

 
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