疫病神の恋
 よろしくお願いします、と爽やかな笑顔で挨拶をされれば、無視はできない。
 とりあえず同じ言葉を繰り返して頭を下げた。

「では、まずは商品の入荷確認です。倉庫に行きましょう。疑問があればその都度質問してください」

 なるべく事務的な口調を心がける。

「お手数おかけします」
 低いのに柔らかい、耳心地のいい優しい声がすぐそばから降ってくる。
 幸よりも二十センチくらい背が高い男性から丁寧に頭を下げられて、こちらの方が恐縮してしまった。

 ひとり分の間隔を保ちながら並んで歩きだす。

「あの……わたしは高卒です。鈴木さんより年下ですし、性別も違います。仕事にやりづらさを感じさせてしまうかもしれません」

 年下の女性が先輩になるだなんて、彼のプライドを傷つけてしまうのではないだろうか。

「もし他の方につきたい時は遠慮せずに申し付けください」

 彼がプライドの高い人であればいい。では遠慮なく他の人に——という流れになればいいのに、なんて打算はあっけなく砕かれた。

「お心遣いありがとうございます。学歴も性別も年齢も、僕は全く気にしません」

 人好きのする笑顔で一歩近づかれ、幸はそれと同じ分の距離を取った。

 指導するまでもなく、この人なら最初から一人でもやっていけそうなのに。

「鈴木さんに伝えておきたいことがあります。わたしとは、一定の距離を保って接してください」
「僕はなにか嫌われてしまうようなことをしてしまいましたか?」
「嫌ってなんていません」

 新入りイジメをしているような、自分がとてつもなく意地悪な人間になっているような気分だ。

「わたしには、どうしても人と親しくできない理由があるんです。仕事はきちんとします。それ以外では、放っておいてほしいんです」

「理由を聞いてもいいですか?」

 聞かれると思っていた。けれど、誰にも話すつもりはない。幸がゆるゆると首を横に振ると、そうですかと呟いて、深追いはしてこなかった。
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