疫病神の恋
「今日は家具の組み立ての撮影をします。わたしが作業をしますので、鈴木さんはカメラの確認と照明の調整をお願いします」

 店舗での販売だけでは、どうしても届けられる客層が限られてしまう。ヒイラギインテリアは、ベッドやダイニングテーブルなど大きなの家具の通販にも力を入れている。

 有料の組み立てサービスもあるけれど、本棚やサイドボードくらいであれば、自分で組み立てをする人も多い。
 商品説明欄に組み立て動画を添付して、購入するか、更には組み立てをどうするか、お客様の判断材料にしてもらっている。

 商品写真もかなりこだわっている。その成果もあり、会社の業績は伸び続けているのだ。

「結城さんが組み立てるんですか?このブックシェルフそれなりの大きさですし、僕の方が適任だと思いますが」

「小柄な女性と大柄な男性、どちらが組み立てる家具の方が簡単そうだなと感じますか?」
「あっ——」

 答えに行きついたことが表情でわかったので、話を進める。

「今の時代、女性は一人でも生きていけます。家具の組み立てもやろうと思えばできるんだって、わたしがやることで証明できますから」

 幸は158センチで細身、彼は180センチを超えている。袖まくりをした腕に浮いた血管や筋肉が男性を象徴していて、本棚くらい簡単に組み立てるだろうと思える。

 少し偉そうな言い方になってしまったかなと反省していると、人差し指でこめかみを掻きながら彼がつぶやいた。
「僕は自分で思うより、視野が狭かったのかもしれません」

 顔がいいだけでなく、謙虚さも持ち合わせているらしい。神様は、本当に不公平だ。

 幸の方が入社が早いとはいえ、格下の相手から注意されたら面白くないはずなのに、それを態度に表すこともない。

「怒らないんですか?」
「怒る?理由がありません」
「わたしみたいな年下から指導とか…。生意気な態度を取られて苛立つことも多いと思います」
「そんなことないですよ。何も教えてもらえないほうが恐いです」

 本当だったら、優しい先輩になりたかった。
 こんな自分じゃなければ、仲良くなりたかった。

 憧れと現実が交わることはない。水族館の分厚いガラスに隔たれているようなものだ。キラキラと煌めく向こうの世界には、絶対に手が届かない。
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