弟は離れることを、ゆるさない
息を大きく吸い、震えていた右手を左手で止める。
「ーー葵、お風呂入っていいよ」
そう声を発したのも束の間、シーンと静けさが増す。
『話せるかもしれない』『大丈夫』だなんて、思い違いもいいところだった。葵からしてみたら話したくなかったけど、あんなことが起きたからとりあえず謝ったという感じだった。
情けなくて、浮かれていた感情を消したくなった。
「……さっきは変なもの見せちゃってごめん。葵の裸は、その、ちゃんとは見てないから安心してね」
謝ろうが、やっぱり言葉は返ってこない。
諦めてドアの前から立ち去ろうとした。そのときだった。「俺は……」と、ドアの中から葵の声が聞こえてきた。
「――え?」
「俺はしっかり見たから」
「――あ、わ、忘れてね、じゃあ……おやすみ!」
気まずくて立ち去る。
『しっかり見た』なんて言わなくていい。
欲を言えばもっと話したかったけれど、もっと普通な会話で話したい。
でも、私達は今からでもまだ、姉弟として歩み寄れる。