ブルー・ベリー・シガレット
大人になって、履歴書にも記せない特技ばかりが勝手に身についてゆくから困ったものである。
「気怠げな感じがいいんスよね」
「ん? どうしたの、抱いてあげよっか?」
「ちょっと〜! また誤解されますって!」
芝居がかった流し目を送ると、松木はぶんぶん首を振って恥ずかしがった。どうやらすでに誤解されているらしい。俺と彼は上司と部下でありながら比較的仲が良く、というか松木の仔犬みたいな人柄のおかげで他者から見ても良好な関係を築いているようだ。
手を出した女性が職場にいないというのが、良かったのか悪かったのか。
「黒羽さん、結婚しちゃったら寂しいっすよー」
受動喫煙のためについてきたかわいい後輩は俺に抱きついてくる。プライベートまで共に過ごすことはないのだが、勤務時間はべったりくっついてくるのだ。その線引きが器用な奴である。
「したいんだけどねえ、結婚」
「え! 願望あるんですか?」
「あるよ、相手も決めてる」
こんどは彼を避けて、天井の換気扇に向かって煙を吐き出した。ゆるり、苦い刺激が舌を刺激する。視界に靄もやがかかるその刹那だけ脳の裏が冴えるのは皮肉なものだ。
「えええ、彼女いたなら教えてくださいよお」
「彼女はいないけど」
「え?! いないんスか?! お相手は?!」
「ぜんぜん脈ないけど一目惚れしたから結婚するって決めた女の子がいるの──これっておかしい?」
意識が逸れたのもあり、毛羽だった心もようやく落ち着いてきたので煙草をぐりっと押し消した。首を傾げて訊ねると、ぱちぱちと丸いおめめで瞬きを繰り返した松木が俺を見る。
「いえ、おかしいとは言いませんけど、」
「けど?」
「黒羽さんにも片想いとかあるんですね」
「ん、最初で最後かも」
ひどく意表を突かれた表情をしているので、俺は面白くなって笑ってしまった。
「めちゃくちゃ応援してます!」
「ありがとう、頼りになるよ」
ワックスで整えられた清潔な短髪をゆるく撫でてやってから、俺は先に喫煙所を出た。その後ろをぴょんぴょんと部下がついてくる。松木が、気の合うやつで良かった。仕事もできるし。